酒場に集った、他の大人達同様、一体、何杯目になるのか、もう誰にも判らない酒精を一息に煽って。

「実際……。あの時のカナタは、良く立っていられたな……と思う、今でも……」

その目で確かに見た、シークの谷での出来事を、思い出しているかのように、フリックが呟いた。

「死んだと思っていたのか……生きていると信じていたのか、それは俺には判らないが……。長い間離れ離れだった親友が、唐突に目の前に現れて、結果が、あれじゃな…………。ウィンディと、テッドの体が消えて直ぐ、何もなかったみたいに踵返したカナタが、遠かったな、あの時は…………」

そうして彼は。

呟きの中に溜息を織り交ぜ、瞳の奥を過っただろう光景に思いを馳せて、もう一度、深く暗い、溜息を付いた。

「私は話に聞いただけだが。カナタ殿のその態度は、多分……リーダーとしては正しかったのだろうな…………」

想像の中で、在りし日のカナタを思い描き、バレリアは、僅か、肩を落とした。

「シークの谷から帰って来たカナタの奴……何時も通りだったけなあ……」

「急く……姿も、な……」

人々が思い出したことへ、タイ・ホーとハンフリーも又、重たい息を。

「テッドさん……かぁ…………」

大人達の溜息が、鼓膜を震わせたのを受けて。

セツナも少しばかり、悲しげな目をした。

「…………なあ、セツナ? ……お前、カナタから、テッドのこと聞いたっつってたよな? 何、聞かせて貰ったんだ?」

酔い始めてしまったのか、それとも、テッドと云う少年に思考を傾けたのか。

そのどちらとも取れぬ態度で、テーブルに肘付いた両手に、セツナが頤を預けたのを見て。

ふと、ビクトールがセツナを振り返った。

「テッドさんのお話? ──えっとね。大切な、生涯唯一人の親友だった……って。何か、凄く子供っぽい人だったって、マクドールさん云ってたかなあ……。──あ、そうそう。何でだったかは忘れちゃったけど、僕がマクドールさんにジョウイの話をした時に、テッドさんの話にもなって。その時に、色々聞いたんだけど……ジョウイとは正反対っぽい性格の人だった覚えあるよ。マクドールさんが教えてくれたテッドさんって」

「……へえ……」

「…………へえ、って。知らないの? ビクトールさん」

見下ろしたセツナの語りに、ほう……と軽い驚きをビクトールが示せば、え? と云う顔にセツナはなって。

「いや、テッドに関することは、俺達よりも、お前の方が詳しいんじゃないのか? その調子じゃ。俺達は、カナタの親友だった、ってことと、ソウルイーターの元の継承者だった、ってことと、後は、星辰剣が飛ばしてくれやがった過去で見たことと、フリック達がシークの谷で見聞きしたことしか、判らねえよ。あの頃カナタは、テッドのことを詳しく語ろうとはしなかったし、カナタに気ぃ使ってか、グレミオ達も、多くは語らなかったしな」

テッドのことに至っては、三年前の面子でさえ、知る者は少ない、と傭兵は云った。

「……そなのかな……」

「ああ。解放戦争のことにしたって、あの当時の面子を抜かせば、そこまで詳しいのは……いや、そこまで詳しくカナタに語って貰えたのは、お前くらいなもんだろ」

「ふうん………。──マクドールさん、大抵、何でも教えてくれるよ? むかぁし、テッドさんと二人で凄い悪戯して、グレミオさんとお父さんの二人にこっぴどく叱られた話とかー。後ね……クロンのお寺の洞窟だっけ? そこで星辰剣に飛ばされて行く羽目になった過去で見た、小さい時のテッドさんの話とか。何処からどう見ても『クソガキ』だったテッドさんにも、可愛い時があったんだ、って思ったーって話とか」

その意味──何故、カナタがお前にだけ昔を語るのか、判るか? と、そう言いたげな眼差しをした傭兵に、ふん? と小首を傾げて見せて、セツナは。

カナタから聞かされた話を、人々に披露した。

「カナタの、お前への溺愛っぷりが判るな……」

少年の話を受けて。

ヒタヒタと漂い続ける暗い雰囲気を吹き飛ばすように、タイ・ホーが明るく、笑ってみせた。

「僕、溺愛なんてされてない…………と思うもん」

「自覚ないのかよ。じゅーーぶん、溺愛されてんぞ、お前さん」

「溺愛……じゃないと思うもん……。でも、溺愛なのかな? ……って云うか……溺愛って、何だっけ?」

「……阿呆……」

いい加減、ビクトールに飲まされたアルコールが廻って来たのか。

云っていることが、段々とおかしくなってきたセツナの様子に、集った者達はそこで漸く、高い声の笑いを洩らすことが叶い。

が、時を掛けて語り続けてしまった、昔語りは終わらず。

「しっかし……あの後も、慌ただしかったよなあ……。シークの谷から帰ってみれば、フッチが一人、バルバロッサ皇帝の空中庭園に忍び込む事件は起こるし……。マッシュがいたのに、カナタの奴、カレッカで見付けたレオン・シルバーバーグも解放軍に誘っちまうし。お陰でまあ……帝国の将軍達が、気まずそーな顔し始めるし。ビクトール、お前とウォーレンが捕まったってんで、モラビア城は攻めなきゃならなくなるし……」

当時を振り返ったフリックが、ビクトールを睨んで、ぶつぶつと言い出した。

「仕方ねえだろうがっ。あれは、俺に責任はないぞっ!」

「そんなことは判ってる。でもな、今だからこそ言える愚痴の一つってもの、云いたくなるんだよっ!」

故に、ああでもないの、こうでもないのと言い出した相方に、ビクトールが盛大に噛み付いて。

重苦しさに支配されていたレオナの酒場には、再び、喧噪が戻った。