黄金の都を後にしたあの頃には。

未だ、僕の手の中にあった数々の、希望、救い、慰め、そう云ったモノが。

全て、消えてしまって。

シークの谷にて、僕の最後の希望であり望みであり拠り所であった、テッドさえもが消えてしまって。

僕に残されたものは……親友から引き継いだ魂喰らいと、魂喰らいが齎す真実、それのみ、だった。

共に戦い、何くれとなく、僕を気遣ってくれる仲間達や、たった一人だけ残された、家族同然の存在、クレオが、確かに僕には、あったけれど。

それでも……彼等が分け与えてくれる温もりを以てすら補い切れぬ程、僕の中には、喪失感、と云うものが、あったような気がする。

人は死んだら、それで終わる。

精々、その名と形見が残るくらいだ。

決戦の前夜、ビクトールが渡してくれた、グレミオの斧のように。

……死んでしまった者はもう、二度と還っては来ない。

それが、何者にも揺るがすこと叶わぬ、この世の理だから。

喪失感、と云うものを抱いたとしても、それは、致し方ない想い……なのだと思う。

あの頃の僕が、それを拭えなかったとしても、きっと誰も、僕を責めずにいてくれるだろうと、そう思いたい。

それくらいの甘えは、許して欲しい……と、そう願いたい。

──でも。

例えるならば、自分の中に、ぽっかりと穴が空いてしまったかのような、そんな虚ろを抱えながらも、僕は。

シークの谷での出来事を経ても尚、止まらなかった。

……いや……止まることが、出来なかった、のかも知れない。

グレッグミンスターに背を向けたあの日より、僕の中にあった、『覚悟』と云う言葉と。

自ら選んだ道を、自ら立つと決めた場所を、嘆くことなんてしない……と云う想いが、僕を、止まらせなかった。

──解放戦争も、そろそろ終わるのではないか、そんな見通しが付いて来ていたあの頃には、疾っくに。

魔術師の塔を訪れたあの日、レックナート…………様に云われた、僕が背負った、重々しい運命、その意味が、僕には充分理解出来ていたし。

『運命』と云う言葉に、重さがあるのだと云うことも、身を以て知っていたし。

僕が背負った『運命』の中に、僕が天魁星であると云うこと、それが、絶対の位置を確立していることも、僕は知っていたから。

…………天魁星。

天を魁ける、星。

数多の星々を引き連れる如くにして、空を先駆ける星。

そんな星の許に、僕が生まれたと云うのなら。

……生まれてしまった、と云うのなら。

それを受け止めるしか、僕には術がなかった。

僕が進むべき道、僕が歩むべき道、僕の命を運ぶ先。

そう云った意味での『運命』ならば、恐らく僕にも切り開くことは叶うのだろうけれど。

僕が生まれてしまった『運命』の星、それを違えることは、僕自身にも叶わない。

ならば、黄金の都を後にしたあの日、焼け落ちたエルフの村を見た時、父上をこの手に掛けた時。

僕の中に生まれ、僕の中で色と形を整え、僕の眼前に広がった、嘆くことない覚悟の道を、唯ひたすらに歩むしか、僕に術はないのだろう……と。

モラビア城での戦いをやり過ごし、シャサラザードを攻め落としながら僕は、そう考えていた。

天を魁ける星は、先駆ける故に、先んじる星を持たない。

星々を引き連れ、空を駆けなければならない。

……そう……だから。

勝利や、平和や、夢や、希望や。

沢山の『望み』を求められる『僕』の手の中に、『僕だけ』のモノなんて、何一つ、必要ではないのだろう。

例えそれが、唾棄したくなるような『宿命』であったとしても。

それが、どう足掻いてみても僕には逃れられない、受け止めるべき『運命』だと云うなら。

掴んだ水よりも簡単に、全てを零しながらも尚、止まれない『自分』を。

僕は受け止めてみせる……と、そう決めた。

──死ぬ訳にはいかなかった。

天魁星であるが故に、自ら望んだ場所に、自ら立ったが為に。

止まらずに戦い続けなければならなかろうとも、死ぬ訳にはいかなかった。

…………テッドの信頼を、裏切ることなんて、僕には出来なかったから。

天魁星である運命を受け止め、止まること叶わぬ運命を受け止め、戦い続け。

僕は、笑い続けた。

数えることの出来る月日しか、僕は『それ』を背負っていないのに、笑うことを止めるなんてことも、僕には出来なかった。

三百年間、魂喰らいを抱えたまま彷徨っていたテッドが、あんなに暖かい笑みを僕に向けてくれていたのに。

指折り数えられる日々に巡り会った、自らの意志で立ち向かった出来事より齎された何かに負けて、笑うことさえ忘れるなんて、そんな情けない真似、僕には。

だから僕は。

楽しいことがあれば、本心から笑い。

例え、母上になるかも知れなかった女性が、僕の目の前に立ちはだかっても、戦うことを、止めなかった。

──僕が、僕自身を支える為に見続けた希望が費えたからと。

そこで膝付くなんて、そんなもの、子供の我が儘でしかない。

嘆かない、覚悟の道を歩むこと、それは、そう云うことだ……と。

その頃の僕はもう、知ってしまっていたから。

僕は。

戦い続け。笑い、続け。