延々延々、あの酒だ、この酒だ、と注文を繰り返す円卓の客達に、いい加減、辟易したのか。

カナカンのワインのボトルと、ロックアックス地方で良くお目に掛れる、かなり酒精の度合いの強い火酒のボトルと、リューベの村辺りの名産品である酒の瓶を、まとめてドカリと客達の前へと運んで。

「セツナ。もう、夜も遅いよ? そろそろ、日付けが変わっちまう。もう、休んだらどうだい? 夜更かししてると、シュウの旦那の雷が落ちないかい?」

酔ってしまったセツナを寝かし付けようと考えたのか、レオナが優しく声を掛けた。

「いーやーーっ。未だ、お話終わってないもんっ」

が、セツナは駄々っ子のように、ガシっとテーブルにしがみ付いて、大人達の昔語りが終わるまで、席を立たないと宣言した。

「仕方ないねえ……。なら、ちょいと、お待ち」

そんなセツナの様子に、こりゃあテコでも動かないね、とレオナは溜息を零し、カウンターの更に奥、帳場へと取って返すと、数分程して、カップを手に戻り。

「ミルクでもお飲み。少しは違うだろうから。暖めてあるからね、ゆっくり飲むんだよ」

ホットミルクをセツナへ手渡すと、彼女はビクトールを一睨みして、カウンターへと引っ込んだ。

「……何でえ、俺だけが悪者かよ。面白がって酒入れたんだ、お前も同罪だろうっ?」

「言い出したのは、あんただろ」

ツン、と、レオナに睨まれたビクトールは、レオナの背へ向けて悪態を付いたが、全ての責任はお前にあると、タイ・ホーが断言した。

「話が終わってないってもなあ……。あの頃の話はもう、グレッグミンスターに攻め入った時のことしか、残ってないぞ?」

タイ・ホーの横でフリックは、両手でカップを抱え、コクコクとミルクを飲み干すセツナを、何とか諭そうとしたけれど。

「あ、そうそう。グレッグミンスターのお城での話って云えば。バナーの村で、僕が初めてマクドールさんに会った後も、暫くの間ずーーーーっと、マクドールさん、フリックさんとビクトールさんに、ぶつぶつ文句云ってたよー。釣り竿でぶん殴っただけじゃ、やっぱり足りなかったかも、って。生きてたなら生きてたで、通す義理ってのがある筈なのにーって。釣り竿じゃなくって、天牙棍で思いっきり張り倒された方が良かったかもねー、二人共。そうだったら、後からぶつぶつ云われなくって済んだかも知れないのに」

ケラケラと笑いながらセツナは、あの戦争の終わり、傭兵達が行方不明となったまま、三年間、誰にも連絡を入れなかったことを、未だにカナタが根に持っている、と『忠告』した。

「じょーだんだろ……。棍なんかで張り倒されて堪るかよ」

「あれは、俺に非はないっ! ……ビクトールが連絡するの忘れるから……」

決して誇張とは思えぬセツナの『忠告』に、さあっとビクトールとフリックの二人は青褪める。

「………………ま、何にせよ、僕を怒らせたことには変わりないよね」

────と。

夕刻の頃、ビッキーの瞬きの魔法の力を借りて、確かに家路に着いたはずのカナタの声が、傭兵達の真後ろで起こった。

「カ……カナタ……? お前、帰ったんじゃ……」

聞こえて来た声に、バッと一同は振り返り。

にこにこ、微笑みながら立っていた、夢でも幻でもないカナタの姿へ、人々の思いをフリックが代弁する。

「帰る筈だったんだけどね。セツナに預かって貰ってた物、引き取るの忘れちゃって。……腐るものだからねえ、そのままにしておくのも気が引けて、バナーから戻って来たんだよ。ラダトまで船で上って、馬飛ばして来たんだけど……こんな時間になっちゃって」

すれば、微笑みを崩さず、何故ここにいるかの理由をカナタは語り。

「あっっ、そうそう、マクドールさん、これっ!」

荷物の中から探し当てておいた、カナタの私物をセツナは取り出し。

「アリガト…………って、セツナ…………?」

椅子から立ち上がらず、ほわっと笑みを浮かべて上向いて、包みを差し出して来たセツナに、カナタは鼻を近付けた。

「…………………………誰? セツナに、お酒飲ませたのは」

──溺愛中の少年の様子がおかしいと、直ぐに気付いたのだろう。

セツナの口許に顔を寄せて、クンと匂いを嗅ぎ、酒臭いのを確かめるとカナタは、ギロっと円卓に集っていた者達を睨む。

「えっとですねー………──

大人達を睨みながら、大丈夫? と手を差し伸べて来てくれたカナタに、誰が『こんなこと』をしたのか、セツナが告白しようとしたが、それよりも一瞬早く、ビクトールを除いた全ての者の指先が、熊の如きガタイの傭兵を指し示したから。

──ビクトール…………。悪ふざけも、大概にしておいた方がいいと思うよ?」

よしよし、とセツナの頭を撫でつつカナタは、問答無用で、ヒュッと振り上げた棍を、ビクトールの頭目掛けて、振り下ろした。

「いっっ……。──カナタっ! お前、ちったぁ手加減──

──してるよ、これでも」

熱い、とも感じられる程の痛みを伴った衝撃を与えられ、きつく片目を瞑りながら、ビクトールは喚く。

が、しれっとカナタはそっぽを向いて。

「本当に、大丈夫?」

「だいじょぶです、頭、はっきりしてます。一寸眠たいけど……。唯……腰、立たないみたいで……。あはは…………」

「……仕方ないねえ……」

誤魔化し笑いを浮かべる彼が、自力ではもう立ち上がれないのを確かめると、その足許に転がっていた、荷物の袋を持たせ、軽い掛け声と共にカナタは、小柄な体を、幼子に、大人が良くそうする風に抱き上げた。

「うー………。何か、子供みたいでヤですぅ」

「歩けないんだからしょうがないだろう? 今度からもうね、僕のいない処で、悪ー……い大人達と一緒に、酒場なんか来ちゃいけないよ。──付いていてあげるから、今日はもう、寝よう?」

「でも……マクドールさん、お土産取りに帰って来ただけなんじゃ……」

小さな子供のように抱き上げられたことを、パタパタと手足をばたつかせ嫌がりながらもセツナは、窺うように、カナタの顔を覗き込む。

「……あ、そうか。でも、もうこんな時間だしね。……ああ、そうだ。ルックに頼もうかな。グレッグミンスターまで飛ばしてくれ、って。どうせ、ルックのことだから起きてるんだろうし。面倒臭いからやってくれないだけで、彼ならね、簡単に出来る筈だから。────セツナ、一緒に来る? グレッグミンスターまで」

「え、いいんですかぁぁ?」

「うん。あのお饅頭は出来るだけ早く食べなきゃ駄目な代物だし。でも、セツナこのままにして帰るのもね。僕が嫌だし。明日のことやシュウのことなんかは、『おにーさん・おねーさん達』が『罪滅ぼし』に、上手くやっておいてくれるだろうから」

じっと見詰めて来る少年へ、優しい微笑みを返して、トラン建国の英雄は、誠に無責任な誘いを口にした。

「あああああ、だけどおおおっ! お話っ。お話未だ、終わってないんですぅぅっ!」

…………しかし。

それまでこの場所で駄々を捏ねていた理由を、唐突にセツナは思い出したのか、カナタの腕の中で、大声を張り上げたから。

「…………あーもーっ……。酔って、聞き分けがなくなっちゃって……」

深く長い溜息を、カナタは吐き出して、セツナを抱えたまま、彼の座っていた椅子に腰掛け。

「……処で、話って?」

「三年前のお話、皆に聞いてたんですっ。今丁度、最後の戦いの話だったんですー」

「ああ、あの時の話」

そんなことを、こんなに大勢の者がいる前でカナタに尋ねてしまって……と、はらはらしながら見守っている大人達を他所に、セツナは事情を語り、語られた事情に、カナタは軽く頷き。

「でも、あの時の最後の攻防戦って云ってもねえ……。これと云って、語れるようなことは……。──ああ、意外だったことならあったかな。やっぱりね、皇帝が、ウィンディに操られていたんじゃなくって、自らの意志で、その玉座に背くような真似をしていた、って云うのは、少し意外だったな。あ、それから。ビクトールとフリックがねえ……。まあ、それまでもこの二人、かなりの熱血漢だよな、って思ってたけど。結構泣かせること、大声で喋ってくれてねえ」

くすくすと、膝の上のセツナへ忍び笑いを洩らしながら、彼はあっさりと、最後の戦いに於ける出来事を語った。

「熱い熊さんと青さんだったんですねっ!」

「そうそう」

その話を、セツナは手を叩いて喜び。

「熱い、熊さんに…………」

「熱い、青さん…………」

それはそれは嫌な例えに、傭兵達は落ち込んだ顔を作る。

「後は、何時だったか、セツナには話した通りだよ。バルバロッサ皇帝とウィンディが消えて、解放戦争に勝利して。共和国の大統領にって云われたけど、僕はそれを辞退して、グレッグミンスターを去った。……『それだけ』のことだよ、セツナ」

セツナに掛かっては、ビクトールもフリックも形無しだね、と、落ち込んだ二人へ、愉快そうな視線を流し。

お話は、これでお終い、と、今度こそ、黄金の都への帰路に着くべく、カナタは立ち上がった。

「そう云えば、マクドールさん」

「……ん?」

「これは未だ、教えて貰ってませんでしたよね」

じゃあね、と肩越しに、大人達へと別れを告げて、歩き出したカナタに大人しく抱き抱えられながら、ふと、セツナが何かを思い出した。

「何を?」

「グレッグミンスター出た後、何してたんですか?」

「……あ、そのこと? …そっか、未だ話したこと、なかったね。──今度教えてあげるよ。……その内に、ね」

きょとっとした瞳でセツナが問うて来たことは、あの頃の『後』のことで。

ああ、そう云えば、とカナタは会得し、次の機会にね、と諭し。

最後にもう一度だけ大人達を振り返って、何か云いたそうにしている彼等へ、少しばかり意地の悪い、ニタっとした笑みを送り。

荷物のように抱えたセツナを連れて、カナタは酒場より消えた。