あの戦いの日々の終わり。

トラン湖の畔より、帝国の首都……僕の故郷へと攻め上がり。

城を……バルバロッサ皇帝の元を目指して。

僕は、あの戦争を終わらせようとしていた。

本当にこれで、終わるんだろうか。

本当にこれで、終わりになるんだろうか。

そんなことを少しだけ、考えながら。

……僕が、僅かだけそんな思いに捕われながら、あの城の床を駆け抜けた理由は唯一つ。

黄金の都へ攻め上がる直前、解放軍の城に、唐突に姿現した、レックナート──………ああ、今でも僕は彼女のことを、レックナート様、と呼ぶべきなんだろうか……──が語った話に原因がある。

自分とウィンディが、姉妹であること。

自分達が、『門の一族』であること。

遠い遠い昔、彼女達一族は、彼女達姉妹のみを残して滅ぼされ。

門の紋章の、表と裏を分け合って逃げ延び。

長い時を経た後、彼女は星見の魔術師になったこと、ウィンディは赤月帝国の宮廷魔術師として、城に上がったこと。

そうして、この儚い世に恨みを抱いたウィンディが、復讐の為だけに皇帝に近付き、ソウルイーターを求めたこと。

ウィンディの『想い』を阻む為、結界を張り巡らせた魔術師の塔にて、彼女は長い時を、『待って』いたこと。

………………それらを。レックナート………………様が、語ったから。

皇帝を討ち、赤月帝国を滅ぼすだけで、『この戦い』が終わる、と云う考えに、僕は僅か、疑問を抱いていた。

己の抱えた復讐心、その為に、ウィンディがソウルイーターを求め、破壊を求めたと云うならば、一つの帝国が滅びた程度で、彼女が留まるなんて、僕には思えなかった。

真なる覇王の紋章の化身である、伝説の竜王剣を皇帝は持っていたから、その剣が生み出す力が如何なるものなのか、帝国の将軍だった者達でさえも、その実体は未知数だ、と言い切ったことに起因する、懸念が残る中。

皇帝とウィンディを、諸共に倒すこと叶うか否かの計算なんて、し切れなかった。

だから……正直に、言葉にしてしまえば、僕は。

故郷の街でのあの戦いで、本当に、解放戦争の全てを終わりに出来るのか、不安、だった。

否……『解放戦争』に終止符を打つことが叶っても。

『戦い』そのものに終わりを穿つこと叶うのか、不安、だった。

赤月帝国が消えて、皇帝が消えて、ウィンディと云う存在すらも、この世から消えなければ、戦いは終わったのだと、僕には言えない気がしたから。

…………例えばあの時、僕が不安に思ったように、帝国を滅ぼして、皇帝を滅ぼして、尚、ウィンディだけが存在し続け、僕の戦いに終わりがやって来なかったとしても。

それを厭う気は、更々なかったけれど……唯。

……唯、止まることが出来ない僕だったとしても、僕の運命が、数多の星に先んじて、全てを駆け抜けなければならないものだったとしても。

少しだけ……ほんの少しの間だけでいい、『呼吸』を整える間だけでいいから……『休む』時間が欲しいと、あの頃僕は、そう感ずるようになっていたから…………。

──自ら望んで立った場所や。

自ら望んで掴んだ、僕の前に、輝くモノなど何もない場所、何もない戦いを。

今でも僕は、厭いはしないが……休みたかった、僅かの間だけ。

その為に、僕が討ち滅ぼさなければならない全てのモノが、滅ぼされたのだ、と云う、確証が掴みたかった。

でも、それが叶うか否かは………………。

だから僕は、不安を抱えながら、皇帝に残された最後の帝国であり最後の領土であった、空中庭園に乗り込んだ。

──自らに残された最後のモノを守る為に、皇帝が呼び出した紋章の化身など恐れるに足らなくて、その攻防は、呆気無く終わり、僕の目の前には、全てを失ったかつての『英雄』と、英雄をたぶらかしたとされる女魔法使いの姿が映り。

……僕は、全ての決着を付けようと、棍を構えたけれど……。

僕が考えていたように、帝国が滅ぼうとしようが、皇帝が命費えようとしようが、ウィンディは毛筋程の感情の揺らぎも見せずに、唯、ソウルイーターのみを求め。

………………あの時……何がそうさせたのか。

紋章がそうさせたのか、それとも、紋章に喰らわれた人々がそうさせたのか。

それは今でも判らないけれど、ウィンディが魂喰らいを求めたあの刹那、確かに、僕の大切だった人々の幻影は姿現し、僕を守るように、だったのか、紋章を守るように、だったのか、それも又、謎のままだけれど、大切だった人々の幻影は、僕を守り抜き、紋章を守り抜き。

空中庭園には、ウィンディの吐き続ける呪詛の言葉が木霊して。

……聞くに耐えないと、そう思ったんだろう……皇帝は、彼女をそっと、押し留めた。

──あの時、皇帝が語った『真実』。

それは、僕にとっては少し、意外なそれだった。

ブラックルーンによって、操られていたのでも何でもなく、彼女を愛した自らの意志で、彼女に尽くそうと、彼女を癒そうと願っていたと云った皇帝の言葉が、意外だった。

故に、暫しの間僕は、目を瞠った。

父上が、僕に与してくれた帝国の将軍達が、絶対の忠誠を誓ったかつての英雄が。

魔術師でも、数百年の時を生きた復讐の化身でも何でもない、唯の一人の女性の為だけに、その座より降りて、その座に背こうとしていた、と云う事実に。

パン……と僕は、背中を叩かれたような心地になった。

この人も又、止まれない道を歩んでいただけなのかも知れない、と。

そう思えて。

その思いに、背中を叩かれた気になって。

もう……『何も彼も』が遅かったのだろうけれど……僕は皇帝『陛下』のことを、初めて謁見したあの日のような眼差しで、見遣っていたように思う。

その直後。

皇帝に向けていた僕の眼差しは、一変したけれど。

………………何故ならば。

彼が、ウィンディを道連れに、空中庭園から地上へと、身を踊らせたから。

僕が、僕自身の手で、解放戦争に幕を引くこと、叶わなかったから。

……あんな結末を、僕は望んでなかった。

彼等の首を討ち取るにせよ、どうするにせよ。

僕は、僕自身の為すことによって、全ての決着を付けたかった。

なのにそれすら、叶いはしなくて。

あんな形で終わってしまった、皇帝陛下の最後、帝国の最後、それを唯黙って見守るしか、僕に出来ることはなかった。

………何も彼も駆け抜けて……何も彼も嘆かずに……ひたすらに、覚悟の道のみを、ヒタヒタと歩み続け。

僕に先駆ける星さえもない『暗闇』をひた走った結果が、『見守る』、であったこと。

それが……余りにも虚しく思えて、仕方なかった。