グラスを握り締める手に、若干の力を込めて。

立ち去って行ったカナタの背中を、視界の端で追いながら。

「…………『それだけ』……か……」

ハンフリーが呻いた。

「ま、言葉にすりゃあ……確かに、それだけ、なんだろうけどな……」

へこむかと思ったと、カナタに殴られた場所を手のひらで摩りながら、仲間の呻きに、ビクトールが答えた。

「不思議な人、だよ、やっぱり」

俺、いい加減寝よっかなー、と、カナタ達の後を追うように、スタリオンがぼそっと感想を洩らしながら歩き出せば。

「それだけのことだった、と言い切れるのか。それとも、それだけのことだった、と……思うしかないのか……」

レオナが運んで来てくれた酒瓶の封を、威勢良く、バレリアは開け。

「ま、何にせよ、俺達には遠く及ばないモノを見て、遠く及ばないモノを感じてるんだろうな、カナタの奴は」

未だ飲むんなら付き合うぞ、とフリックは彼女へ向けてグラスを差し出した。

「なあ……結局よ」

「何ですか? アニキ」

確かに、『大人』が寝てしまうには早過ぎる、と盃を傾ける手を止めず、タイ・ホーが何かを言い出し、そんな兄貴分をヤム・クーは振り返り。

「……結局……カナタの奴、何で、グレッグミンスターから消えたんだろうな。それからこっち、三年間、あいつ、何してやがったんだろうな」

「さあ……。やっぱり色々……辛かったんじゃないんでしょうかねえ……」

早いペースで盃を空けつつ、漁師達は小声で、そんなことを言い合った。

「そりゃあ、そうだろうよ。それは、俺だって思うが……。結局、あいつ……『何が』辛かったんだろうなあ……」

「知らねえよ。あの戦争の何が、あいつにとって最も堪え難いことだったのか、なんて、俺達には到底、計り知れない。……きっとな」

ぶつぶつと。

あの戦いの終わり、何がカナタに、黄金の都から立ち去ることを決めさせたのか、それに思い馳せるタイ・ホーに、考えてみた処で、多分……と、今宵は朝まで飲む覚悟を決めた風なビクトールが、肩を竦めながら云った。

「……あ、それよりも。ビクトール」

と、徹底的に飲んでやる、とでも云うようにグラスを掴んだ相方を、フリックは呼び。

「お前、責任取れよな」

「……責任? 何の?」

「カナタが、セツナをグレッグミンスターに連れてっちまった責任。お前が、セツナに酒なんか飲ませるから、こんなことになったんだぞ。──俺は、シュウの嫌味なんて聞きたくもないからな。お前、何とかしろよな」

明日の朝、確実に起こるだろう騒ぎの責任を、きちんと取るように、と彼は、ビクトールを睨んだ。

「…………連帯責任だろ?」

が、フリックに睨まれても、ビクトールはケロっとした顔をして、自分だけに責はないと言い張り。

反省の色の窺えぬ相方の態度に、青雷はひくっと唇の端を引き攣らせた。

「……何やってるのさ……」

もう、今日から明日へと日付けは変わったと云うのに、人気の途絶えた一階広場へ、セツナを抱えたままやって来て、自分を見るなり、やあ、と朗らかに笑ってみせたカナタへ。

ルックは、呆れたような声を放った。

「グレッグミンスターに帰ったんじゃなかった?」

「そのつもりだったんだけどね。ま、色々とあって。──処で、ルック?」

「冗談じゃない。お断りだよ」

近付くな、と云わんばかりの態度にもめげず、つかつかと歩み寄って来たカナタへきつい眼差しを送り、彼が何やら言い出しかけたことを、ルックは先手を取って、封じる。

「冷たいなあ。僕は未だ、何も云ってないんだけど」

「云われなくったって判るよ。どうせ、グレッグミンスターまで直接送ってくれとか何とか、そう言い出すつもりだったんだろ」

「何だ、判ってるんなら話は早いね。宜しく、ルック。君なら、それくらいのこと簡単だろう?」

しかし、ルックに先回りをされて断られても、そんなもの、聞こえていないよ、とカナタは、にこにこっと、故郷への送還を依頼した。

「嫌だって云ってるだろうっ! 面倒臭いっっ。大体、何で僕が──

──うー、ルックぅ……。駄目ぇ?」

話に聞く耳を持たないカナタを、ぴきっと青筋を立ててルックは、怒鳴り飛ばそうとしたが。

でれっと、荷物のようにカナタに抱えられていたセツナが、ふにゃんと顔を持ち上げて、情けない声を出したから。

ぴたっと、ルックの大声は収まって。

「…………何、それ。何なのさ、その醜態」

「ビクトール達に、お酒飲まされちゃったみたいでね。放っておくのも嫌だから、持ち帰る」

「持ち帰る……って、物じゃあるまいし……。────明日の朝、あの軍師が騒ぐよ?」

「そんなの、僕の知ったことじゃない。ちゃんと責任取って、腐れ縁コンビが何とかするだろ、シュウのことは」

「ふーん……。そう言うことなら、いいよ」

セツナが醜態を晒している理由、その責任が、傭兵達にあることを聞き及んだルックは。

夕刻頃、酒場を訪れた時、ビクトール達に茶化されたことを、未だに根に持っていたのだろう、あの傭兵コンビにシュウの雷が落ちるなら、と、あっさり前言を撤回し。

「一寸距離があるから、あんたの家の前まで送ってやれるか、それともグレッグミンスターの近くになるか、そこまでは、僕も責任持たないからね。本当に正確なのは、真剣に面倒臭いから嫌だし。街の外に着いても文句云わないで、門、乗り越えなよ」

『適当』な魔法でいいなら協力してあげるよ、と彼は、ふっ……と、ロッドを振った。