「そう云や、そうだよなあ……」
──ルックが酒場より消えて。
テッドのことはカナタに聞いたのだ、と云うセツナが湛えた微笑みを見遣りながら。
掴んでいたグラスを離して、ビクトールが腕組みをした。
「カナタやクレオに聞いた、グレッグミンスターからあいつらが逃げ出す羽目になった出来事の後、俺はカナタ達に出会ったからな。カナタ達や、マリーなんかに聞いたことからしか、テッドのことって知らねえんだよな」
「ビクトールさんも、マクドールさんに聞いたんだ、テッドさんのこと」
「俺もそうだぞ。後になって、テッドって少年の話を聞いた。カナタがこいつに連れられて、レナンカンプの解放軍アジトに来た時は、それ処じゃなかったしな」
ふむ……と唸ったビクトールに。
案外、実際のテッドを知っている人は少ないのか、とセツナは意外そうな顔をし。
俺も知らない、とフリックは、酒を仰いだ。
「えっと……『けやき亭』……だっけ?」
「……お前、随分と詳しく、カナタから聞いてるんだな……。──ああ。あの頃は、そのけやき亭の地下で、オデッサやハンフリー達と、その………な。あんなことになるなんて、思わずに…………」
「……あ。御免なさい、フリックさん……」
フリックが、それまでゆるゆると飲んでいたワインを、ここに来て一気に煽った理由は、レナンカンプと云う街でのことが、話題に登ってしまったからだ、と気付き。
少しばかり、シュン……とした態度に、セツナはなったが。
「気にするな、って。俺は……確かに、オデッサのことを忘れちゃいないが、あの頃みたいに重々しく抱えてる訳じゃない」
フリックは軽く笑い、身を縮ませたセツナの頭をぐしゃぐしゃと撫でて、髪を乱した。
「…凄く、綺麗な人だったんだってね、オデッサさんって……」
「ああ。今でも、自慢なくらいにな」
「マッシュ・シルバーバーグって、マクドールさんの軍師だった人の、妹さんだったんでしょ? なら、マッシュさんの弟子だったシュウさんとかアップルさんは、オデッサさんに会ったことあるのかな」
「どうだろうな? 聞いたことはないが……。会ってても、おかしくはないだろうな。………オデッサ……か……。あいつの死に目に会えなかったことが……唯一の、心残り、だな……」
「フリックさん……」
「でも。カナタやビクトールが、看取ってくれたからな……。オデッサも、寂しくはなかったんじゃ……ないかな……」
セツナが、両手で以て、直しても、直しても。
幾度となく、フリックは、セツナの髪をぐしゃぐしゃと乱して。
僅か、辛そうな面差しをし。
レナンカンプ時代に、思いを馳せてみせた。