あの雨のの翌朝。

赤月帝国に対する反乱分子の疑いを掛けられて、帝国兵士に捕らえられそうになった時、僕達を助けてくれて、グレッグミンスターより共に脱出してくれたビクトールと共に。

レナンカンプへと向かう道すがら、ずっと僕は、焦っていた。

レナンカンプにて、何が僕を待ち受けているのかになぞ、想い馳せず。

首都より脱出するのを手伝う条件として、レナンカンプに同行する、と云うのが、ビクトールに手助けを請うた時の約束だったから、仕方ないよな……と、内心では苛立ちながら、南へと足を向けていたけど。

本当は一刻も早く、父上のいる北方に辿り着きたくて、仕方なかった。

父上に会って、全てを話して。

……そう、父上なら。

生涯で唯一人、僕が心の底から尊敬した父上なら。

僕達が父上の任地に辿り着く頃には、きっと、皇帝陛下の命を果たしている頃だろうと、盲目的に、信じていたから。

父上に語って、何も彼も……全てぶちまけて。

宮廷魔術師ウィンディの手から、テッドを取り返したい……と。

それだけを、僕は考えていた。

──僕は、テッドと『生き別れた』。

『死に別れた』んじゃない、だから。彼は、生きていたのだから。

テッドが死ぬ筈なんてないと、頑に、信じていた。

必ず生きていると信じた彼の為に、何かをしたかった。

でも。

唯でさえ僕は、宮廷に上がるのが、一般的な年齢より一年遅れていたし。

赤月帝国の五将軍の一人、常勝将軍と詠われた、テオ・マクドールの嫡男である、と云う肩書きしか……それだけの力しか、なかったから。

父上に頼る以外の術はなかった。

どうしようもなく、悔しかったけれど。

大切な親友に、自分の手を差し伸べることすら出来ない己が、情けなくて堪らなかったけれど。

他に方法なんて、見付けられず。

だから僕は、焦った。

早く早く、父上の元へ……と。

────もしかしたら。

あの時、僕は、テッドのことを父上に頼むと云う他に……唯、幼い子供のように、父上に縋りたかっただけなのかも知れないけれど。

父上に会って、安堵したかっただけなのかも知れないけれど……。

…………なのに。

ビクトールにいざなわれて訪れたレナンカンプの地で。

本当に、僕の運命は、一変してしまった。

オデッサ・シルバーバーグとの、出会いによって。

グレッグミンスターでは、悪し様にしか云われることなかった解放軍の、リーダーであると云う彼女に出会って。

赤月帝国と云う巨大な『生き物』の腐敗を問われ。

その目で見たもの、その耳で聞いたもの、それを、如何に受け止めるのだと、問われ。

あの時一瞬、僕は言葉に詰まった。

……彼女が云った通り。

僕のこの目で見たこと、この耳で聞いたことに、蓋をするような真似は、僕には出来なかった。

だけど。

父上の元に辿り着きたい、テッドの為に。

その一念が、僕の中には渦巻いていて。

何故か僕は、引き裂かれそうな心地を覚えた。

…………『だから』、なのだろうか。

それとも、『しかし』、なのだろうか。

本当の理由を知らず、ロックランドで僕達が捕らえた山賊、バルカスとシドニアを助けて欲しい、と請われた時。

その後に、火炎槍の設計図を届けに、サラディに同行して欲しい、と云われた時。

それを振り切る選択肢は、歴然とあったのに。

僕は、オデッサの請うたことに、応えを返した。

──バルカスとシドニアのことに関して云えば……真実を知らずに僕が為してしまったことに対する贖罪の念もあったし。

知らずとは云えの不正の片棒を担いだまま父上に会うことを、恥と考えた所為もあるけれど。

帝国に矢を射る結果しか招かない、サラディへの同行は……そう…………。

あの頃確かに、帝国の一員であった僕が。

そうであると、信じていた僕が……それでも、オデッサの中に、逃れられない何かを見付けてしまったからかも知れない。

あの人の、水のように流れることすら出来る、なのに鋼の如き強さに。

情などではなく、僕は惹かれて。

彼女から、僕は何かを、学びたかったのだと思う。

彼女の傍で。

僕は何かを、見たかったのだろうと思う。

……実際。

逃げたくなることだってある、と、サラディでのあの夜、ぽつり彼女が洩らした言葉に、『人間』を見て。

解放軍に手を貸した僕に、それでも従ってくれたグレミオとクレオのことを諭された時、僕は、『幸福』を見付けた。

………………でも。

舞い戻ったレナンカンプの地にて。

その中に、何かを見い出したいと思った彼女は、息絶えた。

最後まで、解放軍のことを思い。

己がまなこで確かめたことへの、信念を抱え。

遠くに、フリックの幻を見ながら、彼女は。

──オデッサがこの世からいなくなり、僕が解放軍に与した理由は消え去ってしまったから、そこで僕は、彼等と袂を分かっても、良かったのだけれど……彼女の最後の願いを、僕は聞かざるを得なかった。

…………いいや……聞き届けたい、と思った。

あれ……? と。

彼女を、澱んだ水の流れの中へ『葬った』後。

抜け出したレナンカンプの街より、セイカへと向かう道中。

細やかではあったけれど、テッドから引き継いだ魂喰らい……ソウルイーターが、何故、僕に力を貸し与えるようになったのか、少しだけ、疑問に思いながらも。

魂喰らいが貸し与える力の意味に、気付くこともなく。

僕は、彼女の最後の願いを叶える為に、セイカへと急いだ。