焼き討ちされた、エルフの村を見た時。
…………ああ、引き返せない、と。
多分、あそこで初めて僕は、そう思ったような気がする。
グレッグミンスターを後にしたあの日、漠然と抱えた『覚悟』の念と、覚悟を決めたからには、何事も嘆くことはしない、と云う思いは、それからずっと、僕の胸の中にあったから、最初から僕は、引き返すつもりなど、なかったのだろうけれど。
初めて、『引き返せない』、と云う具体的な言葉を胸に過らせたのは、焼けたエルフの村を見た時だった覚えがある。
──自らの意志で、解放軍のリーダーとなることを、僕は決めた。
父上に会って……と云う考えも、捨てた訳じゃなかったけれど。
オデッサが僕に問うたように、僕は、僕の見たもの聞いたもの、その全てに蓋をすることが出来なかったから。
彼女のように、確固たる意志を持って、この戦いを終わらせようと、そう考えた。
………………でも。
あの時、僕が心の底で考えていたことは恐らく、今も尚、誰にも言えぬことなのだろうが……。
解放軍のリーダーとなる、そう決めた僕の中にあった想いは。
一刻も早く、この戦いを終わらせて。グレッグミンスターに戻って。
テッドを取り返す。
それのみでしか、なかった。
どれ程、時が経とうとも、どれ程、故郷の街から離れようとも。
テッドが死ぬ筈なんてない、と僕は信じていたから。
己が見てしまった沢山のこと、聞いてしまった沢山のこと、気付いてしまった真実、それらに、蓋することが出来なくて。
戦おう……と僕は決めたけれど。
それは同時に、生涯唯一の親友を取り返す為の、密かなる戦いでもあった。
心の片隅から消えない、早くテッドを取り戻したい、と云う焦りに突き動かされるように、大切だった親友、大切だった時間、大切だった故郷、大切だった平穏、それらを取り返す為に。
一刻も早く、戦いを終わらせるのだ……と。
僕は起った。
でも、その頃の僕からは、未だ何処か、甘さが抜け切れていなくて、解放軍──いや……あの頃でさえも、僕の中では唯の『レジスタンス』でしかなかった戦いに区切りを付けて、父上に真実を語り、帝国に背いた理由を語り、テッドを取り返したら、僕は抱えた『覚悟』から、抜け出してしまうんじゃないかと、そう感じていた。
────そんな、僕を。
あっさりと打ち砕いたのは、あの、焼け爛れたエルフ村の光景、だった。
何故、と云う問いに返せるだけの理由もなく。
無惨に滅ぼされたエルフの村の、あの光景。
それが、僕の甘さを叩いた。
だから僕は。
引き返せない……と、そう思った。
引き返せない、引き返してはいけない。
この虐殺が許せない、そう感じるのなら。
僕は確かに、『レジスタンス』ではなく、解放軍の軍主として在らねばならぬのだと。
グレッグミンスターを出たあの日より抱えていた、漠然とした『覚悟』は……色と形を持った、明確な『覚悟』に変わった。
…………否、変わってしまった。
けれど。
解放軍の、確かな軍主として在りつつ戦い抜くことと、テッドを取り返す為に戦うこと、その両天秤が、咎められるべきことと、僕には思えなかったから。
それより後、僕を取り巻く様々なことが増えて行っても、僕はちゃんと、僕自身の均衡を保っていられた。
それに、五将軍の一人だった、クワンダ・ロスマンとの戦いを経た後。
僕には、或る意味、奇妙とも言える計算が生まれた。
ブラックルーンの紋章を与えられた為、ウィンディの思うままに虐殺を行ったロスマンが正気に戻ったのを見て。
ソウルイーターを欲しがっているあの魔術師は、もしかしたら、僕からソウルイーターを奪う為に、テッドや父上にも、同じことを仕掛けて来るかも知れない。
もしも、テッドや父上がウィンディに操られるまま、ソウルイーターを求めて来たら、僕は何も疑いもせず、隙を見せてしまうだろうから。
だとするならば。
ウィンディにとって、テッドは利用価値のある存在となる筈で、それは、テッドは未だ生きていると云う確信に繋がる、と。
そんな、或る種の奇妙な計算が、僕には生まれたから。
僕は、真直ぐ前を向いて、抱えた両天秤のバランスも崩さずに、戦いに挑んでいられた。