「何だ、バレリアじゃねえか。お前さんも、聞いてたのか? 話。……あの時も、色々あったよなあ……。ロスマンの首討とうとしたら、カナタが止めやがるしよ。結局、ロスマンはウィンディの所為で、ってのが判っちまうしよ」

グラス片手にやってきたバレリアを、椅子の上にて腰を捻って振り返り、迎え。

お互い、苦労したよな、とビクトールが云った。

「まあな……。だが、今となっては、良くも悪くも、『思い出』だ。私は今でも、あの時のカナタ殿の決断が間違っていたとは思わぬよ。スカーレティシアでのことも、な」

カタリ、と椅子を鳴らして座りながら。

バレリアは唯、肩を竦めた。

「スカーレティシア?」

と、バレリアが口にした、スカーレティシア、と云う単語に、セツナが反応する。

「何だっけ? あの、薔薇薔薇したお屋敷の将軍がいたお城だっけ? あれ? でも、スカーレティシアのお話の前って、確か、フリックさんがマクドールさんに噛み付いたって話があったんじゃなかった? 僕、マクドールさんにそうやって聞いてるよ? オデッサさんが亡くなったって話を聞かされて、フリックさん、キレちゃった、って。外見だけじゃなくって、中身も青いのか、って、怒る前に、呆れた、って云ってたもん。その後直ぐ、カクの街まで追い掛けてみたら、何か反省してて、いっそ、可愛く思えたーって」

反応序でに彼は、カナタより聞き及んでいたフリックの『醜態』を語り。

「中身も青いのか、ってカナタが云ってたのか? ……そりゃあ、傑作だ」

ゲラゲラと、ビクトールが腹を抱えて笑い出した。

「うるっっさいっ! あの頃は未だ、俺だって若かったんだよっ!」

「ああ、んじゃあお前さん、今でも若いんだな。今でも、結構『青い』もんなあ」

ビクトールの盛大な笑いに、フリックが少々頬を染めて、怒鳴ったけれど。

それに、タイ・ホーが追い打ちを掛けた。

「お前達……どいつもこいつも…………。あの後、ちゃんとカナタのことは、リーダーって認めたろうがっ! そりゃ……そうなるまで、時間は掛かったが……。だがなっ、丁度あの頃手に入れた、瞬きの手鏡使って、あっちこっち駆けずり回るカナタに、俺はちゃんと付き合ったぞっ!」

ニヤニヤと笑いながらの、タイ・ホーの追い打ちに、一瞬、フリックは落ち込み掛けたが、何とか立ち直って、叫びを続けた。

「そんなのは、当たり前のことだろう」

しかし、それも、バレリアのあっさりとした一言に流されて。

「スカーレティシア、か…………。正直、あんまり思い出したくねえな、あの頃のことは」

こいつのことは、無視だ、無視、と、見事に落ち込んだフリックを他所に、ビクトールがぼやいた。

「ソニエール監獄、のことか……」

「………………グレミオ、さん……?」

トラン解放戦争に於ける、或る意味、節目の一つを迎えた、『あの時』。

それを、ぼやいたビクトールに、バレリアが、或る監獄の名を呟き。

カナタより、その話を聞いているセツナが、一人の人物の名を告げた。

「……ああ」

女将軍と盟主の言葉に、重々しく、ビクトールは頷く。

「行くな……って。ムシの知らせって奴がうるさいから……行くな、とな……。あの地方を目指す前、本拠地で、グレミオには云ったんだが……。周りが何を云っても、カナタが駄目だと云っても……グレミオは、首を縦に振らなくて……。絶対に、一緒に行きますって、譲らなくってな…………」

「………………ナナミ、みたい……」

「……そうだな……」

────遠い目をして。

今は亡き人の思い出を彼が語ったら。

ほんの少し悲しげな顔をしながら、セツナが、先日亡くしてしまった義姉の面影を、そこに重ねたから。

酒場のその一角には、重苦しい雰囲気が漂った。

────グレミオさんって、優しい人だったんでしょう? マクドールさんの口振りから、僕、そう思ったよ。マクドールさんは笑いながら、子離れ出来ない、口煩い母親がいるみたいだった、って云ってたけど。……何かねー、いっつも、シチューばーっか作ってた、って。たまには違う物も食べたかったのに、何かあると、シチューが直ぐに出て来て、一回、殴ってやろうかと思ったこともあるーって。……いいじゃないねえ? お料理が上手なだけ。ナナミなんて、酷かったんだよー。昔なんてね、皆が知ってる以上に、酷かったんだから。でも僕は、マクドールさんが考えたみたいに、殴る、なんて出来なかったしぃ。何度、お台所が大変なことになったか…………」

……暫し、周囲を満たした重苦しい雰囲気に。

人々が、身を委ねた後。

それを払拭するように、殊更に明るい声を、セツナが放った。

にこにこ、微笑みながら。

カナタが語ってくれたグレミオの思い出と、自身が抱えるナナミの思い出を、面白そうに。

「ナナミ……と、グレミオの料理の腕前を比べたら、草葉の陰で、グレミオが泣くぞ……」

だから、本当は……と、胸の中に苦渋を感じながらも、愉快そうな笑みを浮かべて、ビクトールは云い。

「……………なあ、セツナ。無理、すんじゃねえぞ……?」

ポンポン、と彼は、小さな盟主の頭を軽く叩いたが。

「え? 僕、無理なんてしてないよ。僕なんかよりも、その頃のマクドールさんの方が、よっぽど無理してたんじゃなぁい?」

セツナは、きょとん、とした顔になった。

「あの頃のカナタ、か……。無理をしていた、とはあの時は思えなかったが……。何処かでしてた……のかな、やっぱり」

セツナの言葉を切っ掛けに。

フリックが、遠い目をした。

「それは、誰にも判らん。唯……正直、あの頃のカナタ殿が無理をしているとは、私の目には映らなかったが、やけに、何かを急いでいるようには、感じたな」

その時、フリックが見せた遠い眼差しを、横目で見遣りながら。

バレリアは、何杯目かのグラスを、又、空にした。