どうしたって、目に優しい衣装、とは言えないけれど。

きらびやかな格好をしているカナタとセツナが物珍しかったのか、その日、朝から夕刻まで、『きらきらと眩しい』服の上に、真っ白い前掛けを付け、くるくると立ち働く二人の姿を一目見ようとする者達で、ハイ・ヨーが任されているレストランは、何時にも増して盛況だった。

レストランを訪れた者達、皆、最初の内は、彼等の衣装を見遣って、「うっ……」と目を剥き、そして逸らせたが。

馴れてしまえば、どうということもないのか。

万人が万人、趣味が良いとは言えぬ格好ではあるし、余り、衣装そのものを直視したくないが、一見の価値はある、と。

それなりに、『評判』は良かった。

服のことはさておいて、セツナは基本的に、他人を気遣うことが『上手い』し、一生懸命さが滲み出る質だし、カナタはカナタで、大変、『そつがない』ので。

そういう意味でも、特に『御婦人』方に、二人の給仕は好評を博し。

……………………時過ぎた、宵の口。

「余興っちゃあ、余興、なんだが……」

「ああ。何か、な……」

「今一つ、俺達が楽しめる余興にはならなかった、って言うか……。『お姉様』や『お嬢さん』達喜ばせただけで、終わったっぽい……。あーー、つまんねーーー」

思惑が外れたことを、レオナの酒場にて、ビクトールやフリックやシーナ達が嘆いていた処へ。

「余興? つまらない? ……何が?」

相変わらずの、『綺麗』な笑みを湛えて、カナタがやって来た。

目に痛い衣装を、纏ったまま。

「いや。何でもない、こっちの話」

昨日に引き続きの蒸し暑さの中、デロデロ、だらしなく姿勢を崩し、ぶちぶちと溢れた彼等の声を、酒場の入口を潜ったカナタは拾ったらしく。

一体何の話を、そう言いながら仲間達に彼は近付いて、素朴に問う彼の風情より、気付かれていないなら誤摩化すが吉だ、でないと後が怖い、と、シーナはぶんぶん、首を横に振った。

「ふうん……。なら、何も言わないけど」

すれば、やけに素直に、カナタは引き下がって。

何時ものこいつらしくない、と仲間達は訝しむ。

「突っ込みは、それだけか……?」

「突っ込み? 何の。それともシーナには、僕に探られると痛い腹があるとか? ……大変申し訳ないけどね、誰かさん達のお陰で、今日は皆の馬鹿話に付き合ってる暇はないんだよ。忙しいんだ、これでも」

が、カナタは、邪魔をするなと言わんばかりに、服装に合わせたのだろう、普段のそれではなく、白絹の手袋を嵌めたそこをひらひらと振って、カウンターに近付くと、何やら、打ち合わせめいたことを、レオナと二人、始めた。

「…………ああ。あれだな」

ああでもない、こうでもない、と。

レオナと何やら話し込むカナタの背中を眺めながら、会得したように、ビクトールが頷いた。

「あれ、って? 何だよ、ビクトール」

「結局、俺達があいつとセツナにやらせようとしたことは、余興でも何でもなく、単なる臨時就労で終わっただけだった、と。そういうこったな。どっからどう見ても、そういう風にしか映らねえ」

「う。言えてるかも……。この騒ぎは、今日一日、カナタとセツナの二人に、強制労働させただけで終わった、ってことか……」

計画を練っていた時は、あれ程面白いと思えたのに。

いざ蓋を開けてみたら、それだけのことで終わってしまったと、悟ったような顔で言った相方に、フリックは、深い同意を示した。

「何だんだ言いつつ、楽しそうだもんなあ、あの二人。…………あれ? そう言えば、セツナは?」

そんな傭兵達の納得に反論出来なかったシーナは、ああ、益々つまらない、とぼやいて、そしてふと。

どういう訳か姿の見えない、カナタの片割れを捜す風に、首を巡らせた。

「セツナ? セツナは未だ、レストラン。今日のあそこは、酷く盛況でね。手が足りないんだ。でも、こっちの手伝いもあるし。だから、二手に分かれようか、ってことになって。出来ないことはないだろうけど、セツナに酒場の給仕は、色んな意味で可哀想かと思ったから、僕がこっちに廻ったんだよ」

すれば、未だ何も乗ってはいない盆を片手に、カナタが再びシーナへと近付き、事情を告げた。

「過保護だなー、何時ものことだけど」

「そんなことはないと思うけどね。もう少しして、皆が一通り夕飯を食べ終えれば、セツナもこっちに来ることになってるし」

さらっと告げられたその理由へ、何をやっていてもこいつは『セツナ馬鹿』だと、傭兵達が呆れをくれたが、カナタは、そんな科白は聞こえぬ風に、仕事をし始めて。

…………そして、更に時は過ぎ。

真夜中近く。

城内の灯りの殆どが落ち、居住区の部屋の幾つかに、常夜灯が仄かに灯るだけとなって。

明け方まで、煌々と灯りが灯る城内唯一の場所と言っても過言ではないレオナの酒場に居残っている者は、主のレオナを抜かせば、腐れ縁傭兵コンビと、シーナと、一部の飲ん兵衛と。

レストランの方の後片付けを手伝っているのだろうセツナが、やって来るのを待っている様子を見せ始めたカナタ、と言った、僅かの者達となった頃合い。

「……幾ら何でも、遅いな……。もう疾っくに、後片付けなんて終わってても良い筈なんだけど」

こんな時間になっても姿を見せないセツナに焦れたように、カナタがぶつぶつ言い出した。

「何か、手間取ってんじゃねえのか? 今日は、やたらと忙しかったんだろう?」

そんな彼を宥めるように、ビクトールは言った。

「ナナミ達に、捕まってるんじゃないのか? 昼間、見たこともない格好してるセツナ見て、もっと違う格好もさせてみたい、とか何とか、盛り上がってたようだったから」

フリックは、もう、することなんかないだろう? と、労いのつもりだったのだろうか、酒で満たされたグラスを、カナタへ差し出した。

「捕まる、って言ったって、時間も時間で……。………………あ」

所詮、セツナは城内にいるのだから、心配することなんか、と気楽に構える傭兵達に、些かカナタは不満そうにしてみせたが、ふと、何かを思い出したように、面差しを変えた。

「ん?」

「服を見繕って貰いに、ミルイヒの所へ行った時。何がミルイヒの琴線に触れたのかは判らないけど、初対面だったのに、セツナ、半ば着せ替え人形のようなことさせられてね。今日、セツナが着てた『あれ』と、どっちを『本番』で着せようかって、ミルイヒが最後まで悩んでた候補があったんだ。……でもそれは、婦人用だったから。やっぱりセツナ、嫌がったんだけど、もし良かったら、座興にでもと、持たされてしまって。それを、ナナミちゃん達に見つかったのかも」

お気楽な風情の傭兵達に、文句を言い掛けて、しかし面差しを変えた彼は。

そう言えば、と、トラン某所での出来事を語り始め。

「婦人用……? ミルイヒの奴、セツナ捕まえて、女装しろ、って真顔で迫ったのか? しかも、お前の目の前で。……流石に、肝が座ってんなー」

聞かされた話を肴に、傭兵達もシーナも、けらけらと笑い出して。

…………………………その時。

酷く蒸す夜を、少しでも涼やかに過ごす為にと開け放たれてあった、酒場の窓の向こうから、強風が吹き込んで。

レオナの酒場に灯っていた灯りの全てを落として行った。