…………うっ……すらと、口許を歪ませた少女を目撃して。

「カ、カナタ、あれっっっ!」

「冗談、だろっ…………っ」

シーナも、ビクトールも、血相を変えたらしい、焦った声を絞った。

「…………うん、冗談」

と、カナタは。

一転、ケロっとした声で告げた。

「…………………………は?」

「だから、冗談。……協力を有り難う、レオナ、それに、ルックも」

すれば途端、パッと、酒場には明るさが戻り。

燭台片手に入って来たレオナが、次々、火の落ちた燭台や灯火へ、灯りを灯し直して行った。

「ホントに……。面倒臭いことをやらせるね、君は……」

てきぱきと動くレオナの後ろには、風の魔法使い、ルックの姿もあり。

「えっ……? 悪、戯…………?」

「で、でも、あれ、は……? じゃあ、あの少女誰だよ、あんな娘……──

──あれ? ……ああ。セツナ」

カナタと、レオナと、ルックの顔を見比べて、顎を落とし掛けつつも、これが悪戯なら、眼前に未だいる少女は誰だ、こんな奴、この城にはいない筈だと、フリックは言い募ったけれど。

それも、又。

カナタは、一言で一蹴した。

「……言ったのに。覚えてない? ミルイヒが、良ければ座興にでも、って、セツナに婦人物の衣装を押し付けた、って。それが、あれ、だよ」

「えっ? ……でも、髪は……?」

「髪なんて、鬘でどうとでもなるのに、フリックさんってば」

そして、山吹色の着物姿の、おかっぱ頭の黒髪の少女──セツナは、するっと鬘を取って、べー、と、明るく舌を出してみせた。

「………………なっ……。お前達、ここまで手の込んだことして、俺達のこと、担いだのかっ?」

顔面半分を青白くしたまま、真相を知って喚く仲間達を尻目に、ケラケラと笑い出したカナタとセツナに、シーナが噛み付いたが。

「この間の肝試しのことで、兎や角言っただけだったら、僕もセツナも、本当にすんなり飲んだのに。絶対にしたくない格好をして、レストランと酒場で給仕をしろ、なんて『おまけ』を付けられたからね。……お釣りは、しっかり返さないと悪いだろう?」

「肝試しから始まった話だから、怪談で『お釣り』返すのが王道かな、って。マクドールさんと話したんだ。ねー、マクドールさん」

「ね、セツナ。──…………だから、レオナには事情を話して、協力して貰って。臨場感を出す為に、ルックにも手伝って貰ったんだよ。こういう風にしようかって決めたのは、ミルイヒが見せてくれた、セツナのその衣装目にした後だけど。……楽しめた?」

誰に何を言われても、悪趣味な悪戯を仕掛けた犯人達は取り合わず、反省の色一つ見せなかった。

「…………だからって、カナタ。セツナに女装までさせるか……? セツナ、お前もお前だ。んな格好してまで、脅かしやがって……」

そんな二人に、ムスっとした面のビクトールは、苦情を吐く。

「何故? この格好するのを、セツナが心底嫌がるなら、最初から、選択肢の一つにもならない」

「僕別に、女の子の格好するの、死ぬ程嫌じゃないよ? 小さい頃は、ナナミのお下がり着てたし。『楽しいこと』の為なら、女の子の格好するのくらい、どうってことないもん。押し付けられるのは嫌だけど」

「あー、そうかい…………」

でも。

どうしたって、ビクトールから彼等への苦情など、暖簾に腕押し、という奴で終わり。

「……あの夜は皆、大層呑んでたようだったから、判らなかったのかも知れないけれど。今なら、その酒精漬けの頭でも、少し考えれば、僕やセツナが、絶対にそれだけはしたくない格好、の心当たりくらい、一つや二つ、ある筈だ。……良い度胸だよね。しかもそれを、僕達自ら選択しろ、と来た。本当に、良い度胸だ。でも、その度胸に免じて、可愛い悪戯一つで済ませるよ。……寛大だろう?」

逆に、カナタから彼等へ、冗談めかしている、と受け取るには少々『痛い』苦情が返された。

「あ、でも。皆に悪気がなかったのくらいは、僕もマクドールさんも、判ってるから。へーき」

セツナはセツナで。

『だから』、女の子の格好までしたんだもん、と言いながら、ほんわり、笑んでみせた。

「…………悪かった」

「もういいよ。存分、悪戯を働かせて貰ったんだし。身に沁みたようだし。…………さて。『遊ぶだけ遊んだ』から、そろそろ寝ようか、セツナ」

「はーい。もう、こんな時間ですもんねー」

彼等のそれを受けて、ビクトールが素直に頭を下げたので、満足満足、と。

手を繋ぐようにして連れ立って、カナタとセツナは、最上階の部屋へと戻るべく、踵を返す。

「……なあ、カナタ」

しかし、行こうとした二人を、シーナが引き止めた。

「ん? 何?」

「あの、さ。これが単なる悪戯、なら。さっきの話も、作り話、ってこと、だよな……?」

眠る、と。

意気揚々戻って行こうとした二人を引き止めてまで、シーナが確かめようとしたことは、それだった。

この『一幕』が、作り物でしかなかったのなら、あの話も作り物だろう、それを、シーナはどうしても、知りたかったらしい。

「何を言い出すかと思えば……。……生憎と、僕はこれまで一度だって、霊魂と呼ばれる存在を、この目で見たことはなくてね。勿論、『祟り神』も」

頼むから、嘘だと言ってくれ。

──そんな色を、うっすら頬に乗せたシーナに、カナタは呆れ顔を返して、残念ながら、自分と霊魂の『相性』は良くない、ときっぱり語り。

「…………ああ、でも。僕が実際に体験した訳じゃないけれど、全てが全て、嘘でもないよ」

が、直ぐさま彼は、にっこり……と笑みつつ、誠に爽やかな声音で告白をした。

「……え?」

「霊魂を見たこともなければ、怪談話に興味を持ったこともない僕に、おいそれと、無い袖は振れない。だから少しだけ、以前に聞いた話を、まあ、参考に」

「聞いた話、って……。よくある、噂話の類いだよな?」

「さあ? ……と言いたい処だけど。──残念ながら、かな? この場合は。……残念ながら、その話を僕に教えてくれた人物の、実際の体験談。…………シーナ。壁の穴を見付けて好奇心に駆られても、覗かない方がいいよ?」

「……おいおい、勘弁してくれよ……。悪戯にも、限度があるだろう?」

『嘘』の話はさっきまで、『今』語るのは本当、と、にこにこ笑いながら言うカナタに、シーナは仏頂面を返したが。

相変わらずカナタは、けろりとしたままで。

「尋ねられたことに、僕は正直に答えているだけ。限度、と言われても、真実なんだからどうしようもない」

「じゃあ、誰だよ。さっきのの元になった、恐怖体験の出所は」

「テッド。随分前に、テッドに聞いた話。……テッド、一時期随分と、そういうことに縁があったらしくて、怪談話に事欠かなかったんだよね。今にして思えば、それもこれも、魂喰らいを宿してた所為なのかもだけど。……納得出来た? それじゃ、お休み」

元話の出所は、我が親友の口と、それを皆に教えるまでを語って彼は、セツナの手を引き、酒場を出て行った。

「…………テッド、ねえ……。ホントかよ……。俺は、テッドって、直接知らないから何とも言えないけどさ……」

「でも、元話の出所が、あいつの親友だと言うなら、信憑性はあるかもな。魂喰らいがどうのって、今、カナタも言ってたんだし」

「………………ん? けどよ、フリック。カナタの奴は現役で魂喰らい宿してるが、見たことねえんだろう? 幽霊なんざ。なら、魂喰らい云々があるから信憑性がってのは、言えねえんじゃねえのか?」

──さっさと、この一幕の『黒幕』達が、出て行ってしまった後。

結局俺達は、何処まであの二人に担がれたんだろうと、シーナとフリックとビクトールの三人は、顔寄せ合わせ、話し合ったが。

「あ、そうか。…………じゃあ、もしかして、俺達一から十まで、あいつらにしてやられたってことか……?」

「そうかもねー……。はははは……。馬鹿な遊び、考えんじゃなかった……」

「まあ、いいじゃねえか、『これだけ』で済んだんだから……」

彼等の『話し合い』は、自分達は何から何まで、遊ばれただけだった、との結論に辿り着いただけで終わった。