トランへ赴き、同盟締結の条約を結んで帰城し、そのまま、トランへとんぼ返りする、と云う強行軍に、疲れたのだろう、多分。

ラダトの街に降り立ち、レブラントの営む鑑定屋を訪れ、昨日のあの騒ぎの中でも、しっかりと手に入れていた青磁の壷を渡し、所用が済むや否や、トラン亭なる食事処で、休憩をする、と言い出したセツナの意向を汲み。

六人はそこで、軽い食事を摂った。

──ナナミが、何のかんのとセツナの世話を焼くのはもう、同盟軍の者達は、見慣れてしまった光景だけれども。

ビクトールでさえ、お前、そんな性分だったか? と、思わず喉元まで出掛かった程、カナタも又、セツナの世話を、さり気なく焼いてみせて。

年月は、人を変える……と云う言葉を、トラン解放戦争経験者達は、しみじみと、胸の中に思い浮かべた。

「セツナ、もしかして、食べること、好き?」

「ええ、大好きですっっ」

「この子、好き嫌いないんですよー。何でも良く食べる子で。私、お料理好きなんで、いっつも、セツナに味見して貰ってるんです」

「………………美味しい物『は』、好きです」

食卓を囲む者の半数が、異形の者を見遣る目付きを隠せずにいる中、お構いなしに、カナタと、セツナと、ナナミの会話は続いて行く。

────と、俄に店の外の往来が、騒がしくなった気配が、トラン亭内にも漂い始め。

「……あ」

ぴょん、と椅子から飛び下りたセツナが、外へと駆け出して行った。

「こら、セツナっ。何処行くのっっ!」

走り出したセツナの背へ、ナナミの声が飛ぶ。

が、セツナは、義姉の制止に聴く耳を貸さず。

「僕が見て来るよ」

その後を、カナタが追い掛けた。

「何だかなー…………」

「予想外、だな……」

「予想外って域? 驚天動地って云わない?」

……軽快な歩き方で。棍を掴むことだけは忘れず。

セツナの後を追って行ったカナタへ、ビクトール、フリック、ルックの三人は、ジト……っと視線を送る。

「へ? どう云うこと?」

そんな三人の態度を、不思議そうにナナミが見遣った。

「何て説明してやりゃあいいかなあ……。昔っから、誰に対しても、優しい奴ではあったんだが……。こう……な。カナタの奴、ああ云う風じゃなかった、ってーか」

だから、言葉を選びながら、ビクトールが訥々、言い出して。

「そうそう。……あー……。どう云えばいいかな。んー……………。──ああ、以前潜り込んだグリンヒルの学院の。教師達みたいな……と云うか。学校の先生が、生徒に接してる時のような、そんな雰囲気で、他人に接する処のある奴だったんだよなあ、昔のカナタって」

フリックは、しみじみと腕を組み。

「フリック、それ違う。どっちかって云えば、神職者が、信者の悩みに耳傾けてる時のような、『それ』だったよ」

傍らの傭兵の例えを、微妙に『色合い』が違う、とルックは訂正した。

「……偉い人って云う雰囲気の人だったってこと?」

そんな三人の説明へ、良く判らない、とナナミは困った顔をし。

「それとも、違うんだが……」

「もーーーっ。それじゃ全然判らないよっっ。もっと、判り易く言ってよ、ビクトールさんっっ。何だっていいじゃない。マクドールさんは、今も昔も優しい人って云うことなんでしょ? 結局」

義弟のセツナが良くするように、プッッ……と、彼女が頬を膨らませて拗ねた処へ。

「バレリアさん、はっけーーーーん。お城、戻ろうーーーっ」

にこにこしながらセツナが、義勇軍として、同盟軍に参加してくれることになった部隊を率いる、トラン共和国の女将軍、バレリアを見付けたと、カナタと共に、戻って来た。

タッ……と、遊びに向かう子供のような勢いで、トラン亭の外に飛び出して行ったセツナを追ったら。

船着き場の方角よりやって来た、部隊の存在が認められ、今は誰も、己に注視していないのを幸いと、カナタはうっすら、セツナを見遣り続ける漆黒の瞳を細めた。

「………………待ってた、って訳か」

往来より聞こえて来た騒々しさの正体を、知っていたが故に食事の席を立ったとしか思えぬセツナの行動を、カナタは値踏みする。

「……ホント、面白い子だ。瓢箪から駒って奴で。これ幸いと、僕も利用されたかな?」

たまたま、偶然に偶然が重なった、昨日の黄金の都行きの結果、上手くすれば、何処かでバレリア率いる部隊を拾えるかも知れない、と踏んだのだろうセツナが、トラン義勇軍と共に、『同盟軍盟主』が本拠地までの行軍を共にすること、その行軍の中に、『トランの英雄』を混ぜられること、それらを、どう計算したのかをなぞり。

「どうしてバナーを出る時、レパントから借り受けたって云ってた、瞬きの手鏡をあの子が使わなかったのか、考えてみるべきだったな……」

クスリ、と彼は忍び笑いを洩らして、セツナへと近寄った。

「バレリアさーーーーんっ! 僕です、僕ーーーっ。偶然ですねーーっ」

──するすると、気配を殺して、セツナに近付けば。

ほわほわと微笑みながらセツナは、往来を進むバレリアに駆け寄っていて。

「……セツナ殿?」

少々、面喰らったような顔をしながらバレリアは、足を止めていた。

「一寸、ラダトで御飯食べてたんです。何か騒がしいなーって思って出て来たら、バレリアさん見付けて。良かったら、一緒に行きません? お城まで。多分、物凄くびっくりすること、あると思いますよぅ」

先頭を切って歩くバレリアが、止むなく足を止めてしまったから、続く、義勇軍の面々も、足踏みせざるを得なくなり。

兵士達を引き連れたまま、通りすがりの者達にしてみれば、何事? と云いたくなるような、トラン共和国の女将軍と、同盟軍盟主との『立ち話』は始まる。

「バレリアが物凄くびっくりすることって。……僕のこと? セツナ」

その様に。

……やれやれ……とカナタは苦笑を浮かべ、ヌッ……っと、セツナの背後に立ち、消していた気配を解いた。

「ひえっっ!」

「…………ん? ……………………え? …………カ……カナタ殿っ!?」

唐突に湧いた気配に驚き、ビクっと背中を震わせたセツナの肩へ、抱き締めるように腕を廻したカナタをしみじみと見詰め、一瞬の沈黙の後、突然やって来て、やけに、同盟軍盟主へ親し気な声を掛ける『少年』の正体に気付いてバレリアは、立ち尽くし、瞳を見開いた。

「久し振り、バレリア。元気だった?」

「今の今まで、何処で何を為されておられたのです、カナタ殿っっ! どうして、ここにっ!」

デュナンへの助成の任に就く為、昨日はもう、グレッグミンスターにいなかったバレリアは、カナタがトランへと戻ったことを知らぬが故、己とカナタの間にいる、セツナを押し潰さんばかりの勢いで、カナタに迫った。

「まあまあ。積もる話は後で。色々とね、事情と偶然って奴が重なっちゃってね。……時間なら、沢山あるから。僕もね、これからセツナと、同盟軍の本拠地に行く処なんだ。──まあ、簡単に云えば、『セツナに』、協力することになってさ。……それよりも、バレリア。セツナも。何時までもここで立ち話してないで、本拠地の方にそろそろ向かわない? 一寸、街の人に迷惑だよ、このままじゃ」

冷静沈着な彼女らしくない言動に、控えていた部隊の者達が、バレリア様? ……とか、トランの英雄様が? ……とか、ざわざわと、ざわめき立つ中。

ここはセツナの意向に沿って、恩を売っておくのも悪くはないか、とカナタは、迫って来たバレリアより、セツナを抱えたまま一歩身を引いて、にこやかに、『良く通る声』で、事情を語った。

「あ……。確かに……。──では、参りましょうか、セツナ殿、カナタ殿」

カナタに促され、そこでハッとバレリアは、我を取り戻す。

「あっっ、一寸待ってて下さい。皆呼ばないと」

セツナはセツナで、出立するなら皆を呼ぶ、と、カナタと共に、トラン亭へと取って返し。

「…………セツナ」

「はい?」

「僕は、嘘は云ってないよ? だから、『多大な期待』が、『多大な落胆』に変わらない内に、自分で何とかしようね」

にっこりと、綺麗に笑ってカナタは、セツナに連れられるまま歩きつつ、トラン建国の英雄と云う存在が、同盟軍盟主と共に在るが為に、トランの兵士達の間に広がった『騒ぎ』は、自分で収めるように、と告げることで、セツナへ売った『恩』を、決定的な物へと押し上げ。

「……あ。ばれました?」

臆することなくセツナは、カナタへと、てへっと笑ってみせた。