バレリアにしても、ビクトールにしてもフリックにしても。

もしかしたら、ルックでさえ。

再会した以上は、あの戦争が終わってより今日こんにちまでの三年間、カナタが何処で何をしていたのか、それを知りたかったのだろうとは思うが。

のらりくらりと、かつての仲間達の、表立った追求も、遠回しな追求も、尽く退け、何処となく、喜劇に聞こえるような味付けをして、セツナと出逢ったいきさつのみを、カナタ自らバレリアへと語るだけのことしか起こらぬまま。

ラダトより、デュナン湖畔の古城への行軍を終え、帰り着いた盟主一行の中に、トラン建国の英雄が混ざっていた、と云う事実の所為で、同盟軍本拠地が、天地をひっくり返したような騒ぎに陥った翌日。

寝起きが悪い、と云う、己の欠点さえ振り切ってセツナは、朝早くから、おはよう、と部屋に顔を見せに来たカナタを引き連れ、本拠地の施設を案内して歩いていた。

昨日、久方振りにカナタと再会した、トラン解放軍の従軍経験者が主に引き起こした大騒ぎの後、どうやらビクトールに捕まって、明け方までカナタは飲んでいたらしいが、早々に、睡魔に負けてセツナは寝入ってしまったし、カナタの顔色も態度も、それはそれは、たっぷりしっかり睡眠を取ったとしか思えぬそれだったから、カナタが夕べ、寝たのか否か怪しい事実を知らず。

「えっと……。ここが屋上でー。何時もって訳じゃないんですけど、ムクムクがいるんです。ムクムクって、僕の幼馴染みで友達で、ムササビなんですけどね。可愛いんですよー。他にもいるんですよー、ムササビ……──

とか。

「……あ。未だこの時間だったら何処かで、マチルダの元青騎士さん達が、朝練やってるかもです。デュナンの北の方に、マチルダって騎士団があるんですけど、そこの出身の人達で、マイクロトフさんって人が、この間まで騎士団長やってて、マチルダには赤騎士さん達もいて、そっちの方はですね、やっぱりこの間まで、カミューさんって人が騎士団長やってまして……──

とか。

「この階に、正軍師のシュウさんの部屋があってですね。……口煩いんですよー、シュウさん。……ここだけの話ですけど、ちょーーーっと、性格悪いんですよぅ……。綺麗な顔してますけど、おっかないですしねえ……。何喋っても、何しても、表情変わらなくって。……あ、でも、僕にお小言投げて来る時だけは、目、こーーーんなに吊り上がります。……ああ、それで。その階段降りると、テレーズさんとか、リドリーさんの部屋があって。あっ、んとですね、テレーズさんとリドリーさんって云うのはー…………──

とか。

例え、皆が未だ寝静まっていたとしても、筒抜けになっているのではないか、と思われる賑やかさで、あれこれと、僅か興奮気味にセツナは、カナタに説明を続けて。

一階、一階、階を下る。

「……ねえ、セツナ?」

僕も良く喋る方かも知れないけど、セツナはそれに輪を掛けて、喋りまくる質だな……と内心では思いつつ、黙って話を聴き続けた終わり。

一階広場へ降りる為の階段の踊り場で、カナタは、セツナの名を呼んだ。

「はい? ………………え?」

それで、一階はーー……と。

未だに続けていた説明の途中で呼び止められ、踊り場の、窓寄りの位置にてセツナは立ち止まり。

歩みを止め、振り返った途端、するりとカナタに抱き締められて、流石に、戸惑いの声を洩らした。

初めて出逢ったその日の夜、二人きりになって語らっている時にもう、カナタに抱き締められた経験をセツナは持っているので、彼の中に、カナタのスキンシップは過剰だな、との認識がない訳ではないが、黄金の都での夜、カナタが抱き締めて来た理由は、何となく判っていたから、別段、不思議に思うこともなく、セツナはそれを受け止めたけれど。

……今、カナタが己が名を呼び、抱き締めて来た理由に思い当たることが出来ず、故にセツナは、カナタの腕の中で戸惑いを覚え、困ったように恐る恐る、相手の綺麗な顔を見上げた。

戸惑いに揺れる、セツナの薄茶色した大きな瞳を見返して、カナタは柔らかく微笑む。

「…………あのね」

「……はい……?」

「『今まで』、『寂しかった』? そんなに、『嬉しい』? あの夜、僕が君と約束したこと」

そうして、彼は。

セツナの耳元で、不可思議な言葉を囁いた。

…………かつて、カナタもそうしたように。

己の支えとなってくれる星々を、セツナは探し続けている。

星々の全てを、彼は未だ見付け切っていないけれど、それでも、彼の傍には沢山の仲間達がいて、皆、彼へと心を砕いてくれて、幼い頃から、ずっとずっと一緒だった、義姉さえも寄り添っているのに。

だからセツナが、寂しさを感じる筈はなかろうに。

『今まで』、『寂しかった』? …………とカナタは、包み込むような優しさでセツナを抱き締め、不思議な一言を与えた。

「えっと………………」

贈られた一言に、ぴくりとセツナは背を揺らし。

もごもごと言い淀みながらも、ぎゅっとカナタの上着の襟を両手で握り締めて、胸許に摺り寄った。

「……大丈夫。僕は、解ってあげられる」

抱き締めてやった理由わけを、察したらしいセツナへ、カナタは更なる言葉を重ね。

深く深く、セツナを抱き直し。

「ビクトールとか、フリックとか、叩き起こして。朝御飯と、お城巡りに付き合わせようか?」

暫しその場に佇んだ後、彼はにこっと笑いながら踊り場の雰囲気を塗り替え、悪戯っ子のような口調でセツナを促し、放浪の続きへと向かった。