そうしよう、とセツナを誘った言葉通り。

兵舎へと向かい、酔った勢いに任せて眠って程ない、ビクトールやフリックを、問答無用で叩き起こし。

眠た気な目を擦り続けている人々。

マイクロトフ率いる、元マチルダ青騎士団の者達のように、早朝の修練を終えて来た人々……等々。

これから、一日を始めようとしている沢山の人々に混ざって、ハイ・ヨーの営むレストランで朝食を摂った後も。

寝不足と二日酔いの所為で、苦虫を噛み潰したような顔を崩さぬ『お供』を引き連れ、セツナとカナタは、ふらふらと、城内を見て歩いた。

本棟の、屋上から二階までは、早朝、セツナはカナタに説明し終えていたので、西の棟の端にある、訓練所から始め、兵舎、医務室、中庭、図書館、居住区、倉庫街、酒場、宿屋に商店街、舞台、牢屋に墓場に船着き場、風呂場に洗濯場に畑に厩舎、未だ建設途中の牧場に、果ては、城の外れにある丘まで。

一通り、彼等は巡った。

尤も、その探訪は、すんなりとは進まず。

盟主様ー、とセツナに懐いて来る難民の子供達と戯れたり、世間話を仕掛けて来る人々に捕まったり、未だ未だカナタと話し足りない、元・トラン解放軍メンバーに足留めを喰らったりしながらの、遅々としたそれで。

更に、二日酔い甚だしいビクトールが、一寸待った……と、ムカついているらしい胃を押さえて道端に蹲ってみたりと、山程の『寄り道』をしながらの探訪が、ほぼ終わったのは、正午の昼食時を、大分廻った頃合いだった。

「未だ、増築中みたいだけど。一つの街のような本拠地だねえ、このお城は」

最後に向かった、城の外れの小高い丘にて一休憩し、漸く戻って来た商業地区の片隅で、威勢よく、掛け声代わりの木遣り歌を歌いながら、足場を組んで行く職人達を眺めつつ、カナタは感心してみせる。

「大きな、お家みたいですよね。一寸した、自慢です。凄く嬉しいですよ、こう云う所で生活してるって云うの」

カナタが見せた感嘆に、にこぉ……と、幸せそうに、セツナは笑んだ。

「あー……。どうでもいいから。兎に角、何でもいいから。水……。水飲ませろ。喉が乾いてしょうがねえ……」

ほわほわのんびり、辺りを見回して、きゃいきゃいと言い合っている二人へ、ビクトールがげんなりしつつ、訴えを零した。

「飲み過ぎ」

「…………うるせえ、『妖怪』」

商店街を彩る緑の木々の、一つに手を付き体を預け、ゼイゼイとしている、熊の如き風貌の彼へ、きっぱりとカナタが断じれば、暗に、昨夜のカナタの酒量を詰ったらしい、ムスっとした声の悪態が返り。

「悪い。正直、俺も疲れた…………」

ビクトールに倣った訳ではないが、フリックも又、青い顔色を晒し。

「……三年の間に、老けたんだねえ、二人共。ま、頃合いも過ぎてるし。お昼にしようか?」

「あ、そですね。今ならレストランも空いてるかもですし。行きましょうーー」

体力の足りない大人はヤだねー、とか何とか云いながら、項垂れるお供を引き連れたまま。

「マクドールさんって、お酒飲むんですか?」

「ん、まあね」

「僕は、飲んだことないんですよねー」

「いいんじゃない? セツナは飲めなくっても。未だ、未成年なんだから」

「…………あれ、マクドールさんは……えっと…………?」

「ああ、僕はもう、今年が二十二の年だよ。実年齢はね」

「え、マクドールさん、僕と七つも違うんですか?」

「うん。……って、セツナ、十五? ……………でも……ホントに十五?」

「……良く云われます……。体、小さいんですよね、僕。──……ホントの処は、その……僕にも謎です…………」

──彼等は。

いい加減、俺達を引き摺り回すのは勘弁してくれ、と、顔全面で訴えて来る、ビクトールとフリックを完璧に無視し、互いのことを少しずつ語り合いながら、一直線に、レストランを目指した。

「あー、それにしても昨日と今日と、随分と懐かしい顔触れに、お目に掛かったなあ……」

「こうやって考えてみると、ここ、結構いますよね、トランの戦争知ってる人って。──えーーと。ビクトールさん、フリックさん、ルックにアップルさんにシーナにメグに……」

「タイ・ホーだろう、ヤム・クーだろう、ジーンにスタリオンに、クライブ、ハンフリー、フッチ、テンプルトンにビッキー、それに、バレリア……か」

「きっと、未だ増えますよ、マクドールさんの知ってる人達」

「かもね。……皆、厄介事に巻き込まれる質って云うか、自分から首突っ込む質って云うか。あ、だから、宿星なんてやってるのか」

「そーとも云うかもですね」

足を動かしながら、口をも動かして、けらけらと笑いながら彼等は、程なく目的地に到達し。

だが、辿り着いたそこで。

「…………あっちゃ。この拍子で……」

昼食の頃合いは疾っくに過ぎたし、午後のお茶の時間には未だ早いし、と。

一日の内で、ハイ・ヨーのレストランが最も閑散とするだろう時間帯に、そこへと足を踏み込んだ途端。

あー……と云う顔付きに、セツナはなった。

「ん? どうかした?」

何やら、騒ぎが起こっているらしい、レストランの一角をちらりと眺め、複雑な表情を拵えたセツナへ、ふん? とカナタは問う。

「あのですねえ。ここ、取り仕切ってくれてる料理人のハイ・ヨーさん。……ハイ・ヨーさんも、やっぱり宿星って云う証明なんでしょうかね、たまーに、『変な勝負』吹っ掛けられる星回りの人みたいで」

「変な勝負?」

「簡単に云えば、料理対決なんですけど。……多分、あの騒ぎ、誰かがハイ・ヨーさんに料理対決申し込んで来たから起こってる、騒ぎなんだと思いますよ」

「………………料理対決……?」

問うたことに、さらりと返された回答を、唯々カナタはなぞって、切れ長の、漆黒の瞳を見開き呆然とする。

「でも、楽しいんですよー。僕、ハイ・ヨーさんの料理勝負の、助手してるんですっっ。あの勝負は燃えますっっ。折角ですからマクドールさん、見学してって下さいっっ」

しかし、彼の呆然を他所に、セツナは握り拳を固め出し、「どうするよーー」……と、セツナの推測通り、何処ぞの料理人に申し込まれたらしい勝負を、受けるべきか否か、決めてくれ、と叫んで来たハイ・ヨーへ、セツナは、

「勝負ですっ、ハイ・ヨーさんっっ!」

……と、駆けて行ってしまった。

「………………ねえ」

ビュッと走っていたセツナを、為す術もなく見送り、徐にカナタは、ビクトールとフリックを振り返る。

「……何だ」

「何か、云いたいか……?」

唖然、とした表情のまま、振り返って来たカナタより、若干目線を逸らして、フリックとビクトールは、受け答えた。

「…………ホントに、この軍って、戦争中……? ほんっっっとに、戦争してるのかい? ハイランドと。皆揃って、僕のこと、担いでないよね? おおらかなのにも、程ってのがない? 普通。僕の口からこんなこと、云いたくはないけど。戦時下だよ、戦時下」

「俺達に聴くなよ…………」

「まー……いいんじゃねえのか? たまにのことだし。ハイ・ヨーにはハイ・ヨーの、事情ってのがあるし」

狐に摘まれたような表情を、徐々に、憮然としたそれへ塗り替え、ジトっとした眼差しを送って来たカナタの言い分に、フリックとビクトールはそれぞれ、口答えてみる。

「あーあ……。セツナ、嬉々として支度しちゃって……。──うわー、もしかして、あれってアントニオ? 何やってるんだろ、アントニオ。マリーの宿屋で料理人してるんじゃなかったっけ? アントニオって。…………悪いけど、無茶苦茶だよ、ここ…………」

何処までも、視線を合わさずに答える傭兵コンビに、駄目だ、これは、と肩を竦め。

どうやら、ハイ・ヨーとは旧知の仲らしい、本日の料理勝負の対戦相手の風体を遠目から観察して、その正体に気付き、又、目を丸くしてカナタは、最後に溜息を付いた。

「何て云うか、こう…………。確かにセツナと約束したから、僕はここにいるんだけど……。この城のこと、知れば知る程、様々な意味で物凄く、僕がセツナに付いてなきゃいけない必要性、感じるよ…………」

そして、彼は。

やれやれ……と嘆きつつそれでも、セツナに請われた通り、これから始まるらしい料理対決を見学すべく、レストランの奥へと進んだ。