──そんなセツナのお触れが伝わり、レストランが俄にごった返し始めた、夜のなり始め。
「…………成程ね。セツナ、こんなこと企んでたんだ」
「企んでた、って程のことじゃないですけど。楽しいことは、一杯の方が良くありません?」
「それは、まあ、確かに」
「だから、僕、ちょびっと頑張りました。お料理作るだけなら、ハイ・ヨーさんと僕だけで何とかなりますし」
流石に、この混雑の中で食事は厳しいかも、と、トランの風習通りの膳と、ハイランドのそれ通りの膳の二つを携え、盟主の自室に引っ込んだカナタとセツナは、仲良く、冬至の夜を祝う食事をしていた。
「君とハイ・ヨーだけで、この城の皆の分の夕餉の膳を、各地方の慣わし通りに何種類も作れるって、僕に言わせれば驚異だよ?」
「そですか? そんなに難しいことじゃないですよ? 冬至祭みたいなお祭り用のお料理って、割と似たり寄ったりなんです。少なくとも、ハイランドやデュナンは似てます。トランは一寸違うんで、あれですけど。……あ、そうそう、マクドールさん」
「何?」
「でもやっぱり、地方格差っていうのはあるんですね。キャロの街にはそんな習慣なかったんですけど、ハルモニアとかマチルダの方では、冬至の日に、家族とか友達とかに、贈り物するんですって。僕、今回初めて知りました」
「……ああ、そう言えば、あっちの方にはそんな慣わしがあるね」
「はい。……で、僕、それ聞いて、へー、一寸いいなあ……、って思ったんですけど。流石に、このお城の人達全員に何か、っていうのは無理なんで、出来る範囲で、こっそり贈り物しようかと思ってるんです。って言っても、もう殆ど贈っちゃった後なんですけど」
ぱくぱくと、美味しそうに一人用の牡丹鍋を食べ進めながら、実は! とセツナは弾んだ声を出す。
「…………そうなんだ。誰に何をあげたの?」
「えっとですね。さっき、ナナミの部屋の枕元に髪留め置いてきて。シュウさん達には、溜めちゃったお仕事の書類全部片付けて置いてきて、あんまり苛めてばっかりでも可哀想かなって思ったんで、ルカさんの所にお酒置いて、ルックに、『僕のお供お休み券』一回分あげて、それから、シエラ様には……────」
何時の間に、そんなことを……、と彼の内緒話に耳を貸したカナタが、少しばかり複雑そうな顔になったのにも気付かず、セツナの、誰に何を贈ったのか話は、とても長らく続いた。
「────……と、いう訳なんです。あ、でも」
「ん?」
「未だ、これから贈る人達もいるんで、お夕飯食べ終わったら付き合って下さいね、マクドールさん」
「それは勿論だけど、僕が一緒でもいいの?」
「はい! マクドールさんと一緒の方がいいんです」
「……うん、判った」
そんなセツナに、未だ未完了な贈り物大作戦に付き合って欲しい、と乞われてしまって、カナタは、「この子は、まーだ何か企んでるんだろうなあ……」と、内心では溜息を零しながらも、にっこり、暖かい笑みを浮かべ、おねだりに応えてみせた。
食事を終え、二人は再びレストランへ向かった。
殺人的な忙しさに見舞われている厨房の様子をこっそり窺い、そうっとそうっと、ハイ・ヨーの為に新品の鍋を置いて、看板お運び娘のミンミンへは花束を置いて、気付かれぬ内に厨房を出た彼等は、今度は酒場へと向かい、が、中には入らずに、少々だけ離れた所で人待ちを始める。
「お。カナタにセツナ」
「どうした? そんな所で」
と、二人の思惑通り、直ぐに、彼等の待ち人達がそこを通り掛かった。
「あ、良かった。待ってたんだー」
「セツナがね、二人に用があるって」
少年達に気付くや否や、よう、と軽く片手を上げてきた待ち人──ビクトールの左手とフリックの右手を、ぐいぐいとセツナは引っ張って、取り敢えずセツナの意向に添えばいいか、とカナタは傭兵達の背を押した。
「おい、何だよ」
「ええと……、何か俺達に相談とかが……、とは思えないな……」
何事? と二人揃って頭の上に疑問符を浮かべていたら、あれよという間に、酒場より程近い、なのに人気ない倉庫街の片隅に引き摺り込まれ、傭兵達は、思案気な顔になる。
「あのね。二人に、冬至祭にかこつけたお願いがあるんだ」
「お願い? お前が?」
「あ、あんまり、無茶言うなよ……」
寂れた場所に誘い出した挙げ句にセツナが浮かべた、にこぉ……、との笑みも、お願い、との科白も、何処となく空恐ろしく感じ、若干挙動不審になりつつ、ビクトールとフリックは、セツナの半歩後ろに立つカナタを盗み見たが、彼は、軽く肩を竦めるのみで、
「えっとねー。実はー……」
「実は……?」
「何だ……?」
ゴクリ、と傭兵達は覚悟を決める為の生唾を飲み込んだ。
「その……、ビクトールさんとフリックさんのこと、『お兄ちゃん』って呼んでみてもいい?」
「………………はあ?」
「え? ええと……。……は?」
「だから。『お兄ちゃん』」
────黙って端から見てるだけなら、無垢にしか映らない笑みまで浮かべて、こいつは一体、俺達に何を……!? と怯える彼等へ、えへら、としながらセツナが告げたことは、本当に酷く突拍子もなくて、ビクトールもフリックも、狐に摘まれたような顔になる。
「……駄目?」
「いや、駄目ってこたぁないが……。なあ、フリック?」
「そうだな。駄目じゃないが……。でも、何で……?」
「一回、二人のこと、そうやって呼んでみたかったから。それだけ。──じゃ、遠慮なく。ビクトールお兄ちゃんに、フリックお兄ちゃん」
「……おう」
「あ、ああ」
「……お兄ちゃん?」
「………………っ、悪い、セツナ! 勘弁してくれ、背中が痒ぃ!」
「すまない、俺もだ……。何だ、この照れ臭さは……」
どうしたって、何かに化かされているような感覚は拭えなかったが、流されるように『小さな』盟主のおねだりに頷いてみれば、ほわほわとした声で、本当に、お兄ちゃん、と呼ばれ、二人は柄にもなく、顔を真っ赤にして悶え始めた。
「ちぇー、つまんないのー。でも、満足したからいいやー」
「良かったね、セツナ。……じゃ、折角だから、僕も真似てみようかな。悪くないよね? 兄上方」
「あ、兄上……?」
「カナタ…………っ」
「何か? ビクトール兄上? フリック兄上?」
セツナの仕掛けたそれに、じたばた手足をばたつかせる彼等の様を眺め、ニタっとほくそ笑んだカナタは、ちゃっかり便乗し、似非臭さ満載の爽やか微笑を湛え、兄上、と口にはしたものの、終いに大爆笑した。
「だ、駄目だ。笑える……っっ!」
「何処が笑えんだよ、気色悪りぃ!」
「頼む……。止めてくれ。夢で魘されちまう……」
一方、顔色を真っ青にした傭兵達は、このままでは蕁麻疹が出る! と、土下座せんばかりに泣きを入れた。