セツナの『思惑』に、乗った訳ではないけれど。
「…………アイリちゃんは兎も角、私がね……って、どう云う意味なの? セツナ」
義弟の発言に、ピクっとこめかみに青筋を立てて、ナナミが、低い声を辺りに這わせたので。
「えっと…………。ほら、ナナミ、『たまに』、お塩とお砂糖、入れ間違えたりするからー…………。あははー……」
誤魔化しを云うや否やセツナは、バッッと、カナタの背に隠れた。
「しっっっっつれいしちゃうわねーーーーーーーーっ! こら、セツナっ! マクドールさんの後ろに隠れたりなんかしないで、出て来なさいよっっ! そりゃ、たまには調味料入れ間違えたりするけどっ! 今日はそんなことないもんっ。ちゃんと、味見したんだからっっ! 普通の御団子も作ったし、ヨモギ入りのも作ったんだからっっ!」
この上もなく、『安全な隠れ家』に潜った義弟を、何とか引き摺り出そうと腕を伸ばしながら、ナナミは声を張り上げる。
「………………ヨモギ……?」
すればセツナは、カナタの背より、ちろっと、両の瞳辺りまでを覗かせ、嘆きの色を眼差しに乗せ。
「……何よ」
「ヨモギが摘み草になるのは早春の頃だけだって、ゲンカクじいちゃんに云われたの、ナナミ、覚えてないの……? 秋の、花の咲く頃のヨモギの葉っぱなんて摘んで、御団子にしちゃ駄目だってばーーーーっっ」
だからナナミの作る物は食べたくないんだよねと、彼は又、ひょこっとカナタの向こう側に、首を引っ込めた。
「あれ? そうだったっけ? でも、『美味しかった』よ。──食べてみてよ、ビクトールさんもフリックさんもっ。健康『には』いいと思うからっっ」
「いや、その……………」
「お、俺達は今、酒飲んでるから。ほ、ほら、甘いものは、な…………」
……義弟の様に。
これはどうやっても、カナタの庇護下から出て来ないな、と踏んだナナミは。
制裁は後で、と呟き、『鉾先』を傭兵コンビへと変えた。
しかし、そんな鉾先を向けられてみても、ビクトールにもフリックにも、受け止められる筈もなく。
「飲み終わったら、後でちゃんと、頂くから。ね? ナナミちゃん」
セツナを庇っていたカナタが、にこっと微笑むことで、『盾』を拵え。
「大丈夫、セツナのことを思って、ナナミちゃんが作ってくれたんだってことは、セツナにだってちゃんと判ってるから。僕にだって判るんだしね。──ああ、ほら、向こうで、女の子達が呼んでるよ? 二人のこと」
良くもまあ、そこまで口が廻る……、そんな意味合いの視線を投げて寄越したビクトールを無視し、さも、『出来た兄』の如くな雰囲気を湛え、『秋のヨモギ入り月見団子』の攻撃を、カナタは己達より退けてみせた。
「あ、ホントだ。有り難うございます、マクドールさん。──じゃあ、後で又来るからね、セツナっ! 行こう、アイリちゃんっっ」
「……う、うん……」
一方ナナミは、そんなカナタの『口先』を欠片も疑わず、マクドールさんがそう云ってくれるなら、御団子のお皿は空になったも同然、と、アイリの手を引き立ち上がり。
深い意味があった訳ではないけれど、カナタと、カナタの向こう側に隠れたままいるセツナを見比べ、何処か立ち去り難いような気配を漂わせながらも、アイリも腰を浮かせ。
「有り難うね、アイリっ」
「礼なんていいよ、別に……」
ぴょこり、半身を覗かせたセツナに礼を云われたが為、軽く、照れたように笑って、彼女は駆け出して行った。
────小さな、『秋の嵐』が、緑の芝上より去った後。
「…………助かった……」
取り敢えずは、ナナミ手ずからの月見団子を食べさせられる事態より逃れたフリックは、ほっと安堵の声を洩らし。
「まあ、な…………。団子の件は、な……」
同じように、『月見団子の恐怖』より逃れ遂せたことには胸撫で下ろしながらも、ビクトールは、心の底から何やら云いたそうに少年達を眺め。
「こーら、セツナ」
「だって…………ナナミの御団子、無理矢理口の中に放り込まれるのだけは避けたかったんですもん…………」
二人の戦士の、安堵も含みも他所に、カナタはセツナへ、狡いよ、と苦笑を浮かべ、漸くカナタの背より這い出たセツナは、御免なさい、マクドールさん、とペロッと舌を出し。
何時もの調子でやり合い始めた。
「セツナーーーーっ!」
…………が。
彼等に、幾つもの『複雑な表情』を拵えさせた、去った筈の『嵐』の声が、少し離れた場所より、カナタとセツナ目掛けて投げられ。
「なーにーーーーっ? ナナミーーーーっっ」
呼び掛ける声の方へと、セツナが振り返れば、そこではナナミ達が楽しそうに笑いながら、天頂を指差していて。
「…………ああ、月、か………」
「……そですね」
天指すナナミの指先に促されたように、カナタとセツナは、夜空を振り仰ぎ。
姿見せていた、見事な望月に、ぽつり…………と声音を洩らした。