宴もたけなわな中庭で。

戻って来る気配すらない、元と現・天魁星コンビのことを思いながら、さて、この団子の山をどうするか、と思案をしつつ、傭兵二人組が酒を嗜んでいたら。

「あれ? セツナとマクドールさんは?」

女性連と、ひとしきり騒ぎ終えたナナミが再び、アイリを伴いやって来た。

「えーーーーとな……。だ、団子には茶だろう、って、ハイ・ヨーのレストランに、茶、貰いに行ったぞ、さっき」

姿の見えないセツナとカナタを、今にも探しに向かいそうなナナミとアイリを誤魔化すべく、何故、セツナが席を立ったのか、何故、カナタがその後を追ったのか、薄々でも察しているビクトールは、背中に見えない汗を掻きながら、言い訳を告げる。

「あ、そうなんだ。うんうん、御団子にはお茶が合うよね。判る判る、その気持ち。何だんだ云って、私達の作った御団子、食べる気はあったんだ、セツナ。……良かったねー、アイリちゃん」

ビクトールの言い訳を素直に受け取り。

だからそこで、アイリに話を振るんじゃねーーっ! …………と、内心では叫びたいビクトールの嘆きには気付かず、にこっとナナミは笑った。

「うん……。でも…………。迷惑じゃなかったかな、セツナには…………」

ナナミに微笑み掛けられ、はにかんだように、アイリは照れ笑いを浮かべたが、一つとして減ってはいない月見団子の山を見て、彼女は不安そうに言葉を濁した。

「そんなことはないんじゃないか? 女の子に『親切』にして貰って、嬉しくない男はいないだろうから…………」

故にフリックが、そわそわと落ち着かないアイリへ向けて、フォローらしき言葉を掛けた。

「そう、かなあ……。あたしが、もう少し料理が得意なら、こんなこと思わないんだけどさ……」

「平気だって。……気は心って云うしな。……なあ、フリック?」

「ま、まあな……」

が、フリックに励まされても尚、アイリは、その声音より『重たさ』を消さず。

頼むから、早く帰って来てくれ、俺達は、アイリのことも、ナナミのことも、全て穏便に収めたい、と、腐れ縁と名高い傭兵コンビは揃って、胸の内でのみ、消えてしまったセツナとカナタに、祈るように訴えたが。

「遅いなーー。ハイ・ヨーさんの所に、お茶貰いに行っただけなんでしょ? セツナとマクドールさん。何やってんだろ。…………迎え行こっか、アイリちゃんっ。あ、もしも行き違っちゃったらヤだから、ここから動かないでよ、ビクトールさん、フリックさんっ」

彼等の祈りも虚しく、いい加減──と云っても、数分程のことなのだが──弟達を待つのに飽きたナナミが、探しに行こうっ! と言い出してしまい。

「……あ、ナナミっ!」

「……………………どーする? ビクトール……」

「どうする、ったって…………──

──疾風のように、ハイ・ヨーのレストラン目指して駆け出して行ったナナミと、ナナミに引き摺られるようにそれに従ったアイリを、傭兵コンビは止めようとしたが、間に合う筈もなくて。

おかしなことにならなけりゃいいが……と、『逃亡』を決め込む訳にも行かなくなったビクトールとフリックの二人は、顔を見合わせ項垂れた。

────ジョウイ君に、会いたい? …………と。

真直ぐに視線を捕らえて来たカナタに問われ。

「…………そんなこと……ないです」

言葉の調子は躊躇いに満ちてはいたが、表情だけはにこっとさせて、セツナは云った。

「……そう?」

「はい。だって、僕は…………。…………もう……もう、いいんです。────ほら。この間、ミューズの和平交渉から戻って来た後、ルカさんが、お話してくれたじゃないですか。ジョウイのこと、『諦める』、とかそんなんじゃなくって。すこーしだけ、こうなったらいいなあって僕が思ってたことと、周りのことがずれて来ちゃったから、その、ずれちゃった分を、思い出みたいなもので埋めたいって、だからってお願いしたら、ルカさん、教えてくれたじゃないですか、僕が『見ていられなかった』、ジョウイのこと」

「うん。そうだったね」

「だから…………もう、いいんです。僕は、ジョウイに会うつもりなんてありません。少なくとも、今は」

「じゃあ、どうしてさっき、『逃げたり』したの?」

何を問われても。

少なくとも今はもう、ジョウイに会いたいとは思わない、と云ったセツナにカナタは、ならば何故、『逃げ出したり』したのだ、と、更なる問いを重ねた。

「云われたく…………なかったんです。僕のこと思って、今夜のこと、してくれたナナミには、有り難う……って思います、けど…………。云われたくなかったんです……。マクドールさんの前で、昔のこととか、ミューズでジョウイと一緒にお月様を見たこととか……云われたくなかったんです…………。────御免なさい……」

「………………君が、謝ることではないよ」

「そう…………ですね……」

「うん。そうだよ。……謝らなくても、いいから」

重ねた問いにセツナが返して来たのは、『必要のない』詫びで。

故にカナタはセツナを抱き締め、胸の中に収め、君が謝る必要なんてない……と、耳元で宥め続けた。

「マクドールさん……」

「……ん?」

「僕……『狡い』ですか……?」

「いいや。そんなこと、ないよ」

「マクドールさんのいない所で、お月様を見上げようってした僕は……『狡い』、ですか……?」

「…………いいや。──大丈夫。『僕はそれでも、構わないよ』。共に、ゆこうね……と云えば、君は必ず、『はい』……と答えてくれるから」

秋のの冷たい風に、ふるりと震える子猫のように、カナタの腕の中でセツナが身動みじろげば、大丈夫、とカナタは、セツナを包む腕の力を増し。

「そろそろ、戻ろう? 多分今頃、ビクトールとフリックが、困ってる」

「……あ、そですね」

何でもなかった振りをして、僕達は戻った方がいい、とカナタはセツナを促し。

促されたセツナは、ああ、と云う顔になって、カナタの後に付き従う風に、城壁の影から月光の元へと、足を踏み出した。