デュナン湖畔に建つ城の、棟と棟を結ぶ石畳の通路の上を、軽快に駆け続け、ハイ・ヨーが仕切っているレストランへと顔を覗かせたのに、そこに向かったと教えられたセツナもカナタも、姿見えず。
「あれー、行き違っちゃったのかなー…………」
「……そうかもな。戻ろうか、中庭に」
最後に一度、くるりとレストランを見渡して、目的の二人がいないことをしっかりと確かめたナナミとアイリは、元来た道を、足早に戻り始めた。
「あの二人のことだから、何処かに寄り道してるかも知れないもんね。道々、探しながら戻る?」
タタ……っと、軽やかな足音を立てながら、一直線に表を目指して駆けつつ、ナナミはアイリにそう云った。
「でもさあ…………」
──が、アイリは。
どうせ、その辺にいるよ、と笑ったナナミに躊躇いを返した。
「でも、って?」
「上手く、言えないんだけどさ……。何となく……セツナと、マクドール…………さん……がさ、一緒にいる処って、こう……入っていけないんだ……。間に割って入っちゃ、駄目みたいな気がしてさ。……ほら、マクドール……さん……って、セツナのこと、物凄く可愛がってる風だし、セツナは、凄く懐いてるみたいだし……。──変だよな、二人共、本当の兄弟みたいに、仲がいいだけなのに」
「あー……それはあるかもね……。私でさえ、それ、思うことあるもん。────でも、アイリちゃん、セツナのこと、好きなんでしょ?」
何故、躊躇うのか、とナナミがアイリを急っつけば、彼女はぽつぽつ、及び腰になる理由を語り。
だけど、とナナミは、ストレート、としか言い様のない言葉を、アイリに投げた。
「……ナ……ナナミっっ!」
「隠さなくたって、いいよぅ。別に、隠すことでもないじゃない。好きは好き、なんでしょ? ────そりゃあね、セツナとマクドールさんは、物凄く仲が良くって、どうしてあんなに仲が良いんだろうって、私も思うことあるし。…………ほら、大人の人達が時々、あの二人捕まえて、変な噂口にして、笑うことあるじゃない?」
「……変な噂?」
「うん、セツナとマクドールさんが、あんまりにも仲が良いから、あの二人って、『お友達関係』の域を越えた付き合いしてるんじゃないかーって、ふざけた噂」
「…………ああ…………。うん……。でもあれは冗談じゃないか、何処までも。二人共、男なんだし…………」
秘めたる想いを、あっさりと口にされ、アイリは頬を染めつつ声を荒げたが、ナナミは恥ずかしがることなんてない、と更に笑って、時折、本拠地内部で大人達が口にする、『ふざけた冗談』の話を始め。
「そうだよ。セツナだってマクドールさんだって、男なんだもん。そんな噂、何処までも冗談って、私だって判ってるけど。やっぱり、セツナの姉であるナナミちゃんとしては、嫌なのよねー、その噂。──だからね。アイリちゃん、折角、セツナのこと好きって想ってくれてる訳だし、大人の人達の、馬鹿な口塞ぐ為にも、マクドールさんとセツナの間に入って行けない、なんて云わないで、セツナと仲良くしてくれるといいなあ……って思うんだ。セツナ、あれでいて結構、鈍いし」
マクドールさんとばかり遊んでないで、『弟』には、『健全なお付き合い』って云うのにも、ちゃんと目を向けて欲しいのっ! ……とナナミは、冗談めかして力説した。
「健全なお付き合い…………って…………」
故に、ナナミの力説を受けたアイリは、益々、頬を赤くし。
「私、応援してるんだよ、セツナとアイリちゃんのこと。年相応にさ、恋愛とかして、女の子とお喋りとかもして、幸せになって欲しいんだもん、セツナには」
ハイ・ヨーのレストランから、商業地区を抜け、本拠地正門辺りまでに辿り着く間、一度も息を切らせず喋り続けたナナミは、少しばかり真面目な顔付きになって、セツナには内緒ね、と、胸の内をアイリへと聞かせた。
「えっと…………その……。有り難う、ナナミ……」
だから、ナナミと共に駆けていたアイリも又、真摯に礼を口にし。
お喋りは打ち止めにして、セツナとカナタを探そうと、二人は頷き合ったが。
「さーーて。あの二人は何処に…………────あ」
「…………あれ……?」
そんな二人の目の前を、ナナミとアイリの目には、何故? としか映らない方角──本拠地正門の外、と云う方角より現れて、中庭の方へと戻って行く、『探し人』二人の背中が掠め。
「本拠地の外で、何やってたんだろ、あの二人」
「……さあ………」
足早に進む二人の後を、ナナミとアイリは追った。
しかし、全力で後を追っても、セツナとカナタと、ナナミとアイリの距離は、縮まりそうで縮まらず。
月見の宴の始まりの頃とは、比べ物にならない程人々でごった返している中庭を、軽やかに進むカナタと、カナタに導かれるように、守られるように、進むセツナへ、二人の少女は、声を掛けることすら叶わなく。
「……変、なの…………」
盟主様、月が綺麗ですよ、と、沢山の人達に、天を仰げと促されている風なのに、微笑みを返すだけで、決して空を見上げようとはしないセツナとカナタの後ろ姿に、ナナミは唯、首を傾げ。
「あ………………」
何時の間にやら、ビクトールとフリックの二人だけでなく、数人の団体に膨れ上がった輪の中へと戻り、腰を下ろしながら、どうやら、己が拵えたそれを『選んで』取り上げたらしいセツナを見て、結局、追い縋ること果たせぬまま、アイリの足は止まり。
「あ、やっぱりこっちは、ナナミが作った奴じゃなかったですー。美味しいですよ、アイリの方は」
立ち止まったそこで、風に流れて来たセツナの声を拾い、食べ掛けの月見団子を、彼がカナタの口の中に放り込んだのをも見て。
「御免、ナナミ。あたし一寸、姉さんに呼ばれてたの思い出した」
「…………アイリちゃん?」
ほんの僅か目許を歪めてアイリは、くるりと踵を返し、ナナミの声にも答えず、姉達のいる方へと走って行った。
「セツナってば、もーーーーーーっ!」
アイリが見ていたのを、『知らなかった』とは云え。
女の子が、貴方へ……と作ってくれた、しかも食べ掛けの物を、如何な、兄のように慕う人相手とは云え、何故『他人』に分け与えたりするのだと、ナナミは眦を吊り上げ、ツカツカと、セツナの元へ近付いた。
「こらっ! セツナっ!」
「…………ふぁに? ふぁふぁみ」
食べ掛けの半分を、カナタの口に放り込んでしまったから、未だ食べ足りない、と二つ目の月見団子に噛り付いていた処で義姉に強く呼ばれ、聞き取り辛い発音で、セツナは振り返る。
「食べながら喋らないのっっ。お行儀悪いでしょっっ」
「………んっく……。────そんなこと、云いに来たの?」
「そうじゃなくってっ! どうして、アイリちゃんの作った御団子──」
「──うん、美味しいよ? アイリの作ってくれた御団子『は』。ナナミも食べる?」
「だから、そうじゃないのよっっっ。もーーーーっ!」
「………………何が云いたいの? ナナミ」
「もうっっ。知らないっっ」
「知らないって云われたって……。だから、何………。────んむむーーーーっっ」
アイリの作った月見団子の半分を、カナタに分け与えたことを嗜めようとし、勇んでセツナを呼んではみたものの。
何故、それが『いけない』ことなのか、具体的に語ってしまったら、間接的にアイリの想いを、セツナに伝えることになってしまう、と、怒りを振り下ろすことを、ナナミが躊躇った隙に。
団子を齧る手を休めなかったセツナは、お行儀が悪い、と嗜められたばかりだと云うのに、再び、喋りながら団子にかぶりついて。
ムグっと喉を詰まらせ、慌てて胸を叩く羽目に陥り。
「……駄目だよ、慌てて食べちゃ」
当たり前のようにセツナの隣にいたカナタに背を摩られ、コップを差し出され。
「………………っっっっっくっっっ…………。────有り難うございました、マクドールさん。…………でもこれ……お酒でした…………」
差し出されたそれを疑いもせずに一息で飲み干し、ぺこり、頭を下げながらもセツナは、アルコールでした、と困ったように笑い。
「……あっっ、御免、間違えたっっ」
誤って、酒精で満たされたコップを差し出してしまい、焦ったような声を放ったカナタに、ヘロッ…………とセツナは寄り掛かった。