「え、セ、セツナっ?」
幾ら酒に弱いとは云え、たったコップ一杯の酒を飲み干しただけで、ヘロヘロと力なくカナタに凭れたセツナの姿に、おかしい、とナナミは慌てたが。
「ビクトール、これ……何だった?」
焦り始めたナナミを片手で制し、セツナを柔らかく受け止めカナタは、咄嗟に差し出したコップの、本来の持ち主だったビクトールを振り返った。
「…………あー……と。火酒…………の、トラン産蒸留酒割り」
「何て物を飲んでるんだか……。折角のお酒が可哀想だよ?」
「仕方ねえだろうが、お前等が席外してる内に、飲ん兵衛ばっかりが集まって来やがって、そんなお遊びすることになっちまったんだからっっ」
「ま、いいけどね…………。────んー……一寸セツナ、吐かせて来る。その方がいいだろうから。……ああ、心配しなくても大丈夫だよ、ナナミちゃん。……御免ね、ジュースとお酒、間違えてセツナに飲ませちゃって」
一体何を飲んでいたのだと、傭兵達に問えば、火酒の蒸留酒割り、と云う、決して趣味が良いとは言えない『ソレ』を、お遊びで飲んでいた、と云われ、呆れたように肩を竦め、ナナミに詫びを告げるとカナタは、セツナを抱えて立ち上がった。
「うー、大丈夫ですってばー、マクドールさーん……」
「強がりを云わないの。吐いちゃった方が楽だから。ね?」
『不気味』な物を飲まされて、目を白黒させたまま、それでもセツナは、平気だと言い張ったが。
それを、急激に出来がった酔っ払いの戯言、とカナタは受け流し、兵舎の方へと消えた。
「大丈夫かな、セツナ…………」
「平気だろ、放っとけ、放っとけ」
「責任は取るだろうさ、カナタが」
消えて行った二人を、不安げにナナミは見送り。
けれど、放っておいた方がいい、とビクトールもフリックも、口を揃えて云い。
「うん……。二人がそう云うんなら…………。────あ、じゃあ私、アイリちゃん達の様子、見て来るから」
ならば、と彼女は、アイリのことが気になる、と、人々の輪より抜け。
「……………………な? 馬鹿な飲み方でもしてなきゃ、やってられねえだろう?」
本拠地の中へと消えたカナタとセツナと。
人々の中に紛れたナナミとを見比べ。
後から『輪』の中に混ざった、今宵の『出来事』を語ってやっていた仲間達──シーナだったり、無理矢理シーナに引き摺って来られたルックだったり、ハンフリーだったり、と云った者達──に向けてビクトールは、真面目になんてやってられるか、と、同意を求めた。
「…………確かに」
故に、傭兵二人組に、懇々と事の次第を聞かされていたシーナは、深い頷きを返し。
「あのお馬鹿達に付き合うから、そう云う羽目に遭うんだよ」
散々嫌だと云ったのに、酒宴に混ぜられてしまったルックは吐き捨て。
「………………まあ…………仕方がない……のではないのか…………?」
ぽつりぽつりと、ハンフリーは言葉を返して。
「それで済ますな、お前等っ! ナナミがジョウイの名前を出した途端、微笑みながら黙りこくったカナタと隣り合わせた俺達の恐怖が、判るのか、お前等にっっっ!」
あっさりとした反応を返されたビクトールは、声高に喚いたけれど。
「今更、それを喚いてどうするのさ。カナタの、『過去』さえも許さないようなセツナへの『溺愛』振り、今に始まったことじゃないだろ? 傭兵なんてやってると、知恵も廻らなくなるワケ?」
無茶な飲み方をせずにはいられなかった、傭兵の今宵の喚きは、ばっさりと、冷たいルックの一言に、斬って捨てられ。
「ビクトール…………。俺達って、不幸なのかなあ…………」
フン、と、風の魔法使いに鼻で笑われフリックは、遠い目をして望月を見上げ。
「運が悪いのは、お前だけで沢山だっ!」
ビクトールは理不尽な八つ当たりを、相方にぶつけた。
「運が悪いのは、二人だけじゃないって。何処かの盟主殿も、じゅーー……ぶん、運が悪いと思うけどねえ、俺は。…………カナタの奴が、酒とジュースと『間違えて』、セツナに飲ませる訳がないってば…………」
月光を浴びながら黄昏れるフリックと、そんなフリックに八つ当たるビクトールを、同情の篭った眼差しで眺め。
は…………とシーナが、深い溜息を零した。
「御免ね、ホントに。あんな物、飲ませちゃって」
不浄の片隅で、胃の中が空になるまでセツナに吐かせた後。
もう中庭には戻らず、最上階のその又上の、屋上にて寛ぐことと決め、そこへ向いがてら、途中で調達して来た冷たい水を差し出しカナタは、申し訳無さそうに、セツナの顔を覗き込んだ。
「あ、もう平気ですよ。全部吐いちゃいましたし。大分、楽です。まーだちょぉっと、くらくらしますけど」
屋上の縁にしゃがみ込み、そこで『一人』月見を決め込んでいた、グリフォンのフェザーに寄り掛かりつつ、手渡された水を一気に飲み干して、未だ酒精が体に残っているらしい、ヘラっとした笑いをセツナは浮かべた。
「なら、いいけど」
「心配性ですねえ、マクドールさん。後で又、お茶でも飲めば、完全復活ですっ。────あー……風が気持ちいいー……」
「やっぱり、未だ酔ってる?」
「そりゃ、多少は。……でも、ジュースだと思って一気飲みしちゃった僕も悪いですし。あんなの飲んでたビクトールさん達も、一寸、ですし」
「……まあね」
巨鳥の羽毛の中に、ぱふっと体を埋め、気持ち良さそうに風に吹かれるセツナを、カナタは何処までも不安げに見詰め、もう、云いっこなしですよー、とセツナは唯々微笑み。
そんな『少年達』の様子に、キュイ……? とフェザーが不思議そうに首を傾げたから、静かな屋上には、くすくすと、低い忍び笑いが沸き起こった。
「でも、良かったです、ひっくり返る所まで行かなくって。倒れちゃったりしたら、明日、シュウさんに何を云われたか…………」
「ああ、君が倒れたりしたら、あの軍師殿、小言を垂れたろうけど、今回は僕の所為だから、そうなったとしても、僕が間に入ってあげたよ? だから、大丈夫」
「…………そう云えば、お月見の席に、シュウさん居ませんでしたね」
「どうせ、ルカと二人、険悪な口喧嘩でもしてるんだと思うよ。彼はああ云う席は、好まないみたいだからね」
「あ、そーですねー。それ、言えてますねー。ルカさんも、ああ云うの、好きじゃないみたいですし。…………いいですねえ、何だ彼んだ云ってあの二人、仲良しさんでっ」
「仲良しさん、ねえ……………。ま、そうとも云うのかな」
────本拠地の頂きを駆け抜けて行く、秋の夜風に吹かれながら。
何となく湧いた忍び笑いに乗って、セツナとカナタの二人は、暫くの間、他愛無い噂話を続け。
………………やがて。
噂話も忍び笑いも途絶えた一瞬を捕らえ。
「お月見…………し直そうか、セツナ」
ぽよんぽよんと、フェザーの体をクッション替わりに遊び出したセツナへ、カナタがそう告げた。