切り分けられ、綺麗に硝子の器に盛られた、初冬が旬の水菓子に、さっくりと黒門司を刺しながら。
トラン共和国建国の英雄と云う、彼の背負ったその肩書きより、市井の人々の殆どが想像……──否、『求めて止まない』だろう優雅さを、その素振りより失わせることなく。
それでも、カナタ・マクドールは何処となく嫌そうに、柳眉を顰めた。
──その時彼が、整った眉を寄せてみせたのは、彼の生家の食堂にあるテーブルの、隣の席に座って、曰く、『確かめてみたいこと』とやらを語り続けている少年の、その『熱弁』の内容故だ。
先手を打って、誤解を招かぬ為の一言を添えるならば、決して彼は、隣の少年──ここトランより、何百里も離れた北の大地を支配するハイランド皇国と交戦中の、同盟軍盟主・セツナに対して、不機嫌そうな態度を取ってみせた訳でもないし、セツナの語る、熱弁に対して顔を顰めた訳でもない。
そもそも、故郷であるトランを救った英雄殿は、麗しく理知的、と評判の容姿よりは少々想像出来ない程、数ヶ月前に知り合ったセツナのことを、見事なまでに『溺愛』して止まなく、セツナが語って来ることにならば、それが如何様なることであろうとも、何時でもにこにこ微笑んで、耳を傾けるのが常だし。
俗に言う、猫っ可愛がり、の次元を遥かに越えたそれでセツナを構い、『愛でる』のだから、彼のその、嫌そうな態度が、セツナへと注がれた物でなど有ろう筈もない。
唯、単に。
カナタはその時、常のように微笑みながら聞いていたセツナの熱弁を元に、脳裏に描き出された『過程』に、渋い顔をしてみせただけだ。
では、彼が想像した『過程』とやらは何か、と言えば。
………………小一時間程前に、話は遡る。
カナタがセツナへと注ぐ『溺愛』と、同等のカナタへの懐きっぷりを、日々披露しているセツナが。
今日も今日とて『お供』を連れて、熱心に信仰している神仏か何かを詣でるが如く、トラン共和国の首都、グレッグミスンターはマクドール邸へとやって来た、その時にまで。
その日、セツナが自分を迎えに来ることが判っていたカナタは、何時も通り、玄関の扉を打ち鳴らしたセツナと『お供』を出迎え、用意していた茶と水菓子で、決して近くはない隣国の同盟軍本拠地より、険しい峠道を越え訪れた、セツナを労った。
当然のようにセツナは、カナタの労いを甘受し、その最中、これ又何時も通りに、ぺらぺらとお喋りを始め。
カナタが同盟軍本拠地を空けていた数日の間に起こったことなどを一通り語った後で、たまたま、さっき仕入れた話、とやらに話題を移した。
……その時、セツナがカナタへと聞かせた、『さっき仕入れた話』は。
セツナのいるデュナン地方より、トラン共和国へと向かう際には、必ず越えなければならないバナーの峠道に関することだった。
「少し前から、そんな噂はうっすらと、聞いてはいたんですけどー」
……と、朗らかに、セツナは言って。
「何でもですね、僕が聞いた噂では、もう、そんな人達出なくなった筈のバナーの峠道に、最近又、山賊が出るって言うんですよ。でもねー、まさかねーって。そう思ってたんですよ、僕。だって、僕とマクドールさんが初めて逢った日以来、僕達はあの道で、そんな人達に出会すこともありませんでしたから。だけど今日、ここに来るまでの間に、僕達のこと何時も送ってくれる国境警備隊長のバルカスさんからも、そんな話聞いて。あそこを守ってるバルカスさんが言うくらいだから、噂、ホントなのかなー、って思ってですね」
そんな風に、何処までも朗らかに、噂話を続けた後、セツナは。
「確かめてみようかなー、って思って」
にこっっ……と、カナタの漆黒の瞳を覗き込みながら、けれど『きっぱり』と告げた。
「確かめる、ねえ…………」
故にカナタは、セツナのその宣言を聞きながら。
嫌そうに、柳眉を顰め。
季節の水菓子に刺した黒門司を、くるっと指先で廻した。
だから、あ…………と。
僅か渋面になって、手慰みを始めたカナタの態度を見遣って、本日のセツナの『お供の一部』は、彼の機嫌が下り坂になったことに気付き、少々居心地の悪そうな顔を作ったが。
カナタの心の機微を、誰よりも正確に汲み取ってみせるくせに、英雄殿を不機嫌にさせる原因を作った当人は、それに気付かぬ振りをして、ほわほわと笑い。
カナタは、日溜まりのようなセツナの笑みを眺めながら、やれやれ……と内心で溜息を零しつつ、水菓子を口へと運び。
思案、を始めた。
────最近バナーの峠道を、最早出没することなくなった筈の山賊や夜盗の類いが、再び徘徊するようになった、と云う噂は、カナタの耳にも届いていた。
どうやらそれが、人を攫って売り飛ばすこと、を主だった稼ぎにしているらしいこと、も。
だが、だからと云って、今の処はそれをどうこうするつもりは、カナタにはなかったし。
一応……そう、あくまでも一応、トラン国内に於ける公の立場は、しがない『隠居』である己の耳に届くくらいの噂なのだから、当然、国政を司っている大統領のレパントや、国境を守っている警備隊長のバルカスの耳にもそれは届いている筈で、実際、この件に関する噂を、バルカスの口から聞いたとセツナが言っているのだから、何らかの手は彼等が講ずる筈、とも彼は思っていたから。
身も蓋もない言い方をするならば、放っておこう……と云うそれが、カナタの中の結論だったのに。
『溺愛』中の少年は、それに、ちょっかいを出す、と言う。
だがまあ、セツナの性格を考えれば、耳にしたが最後、そう云った類いのことに首を突っ込みたがるのは想像に難くない話で、彼がそうしたい、と言うならば、それに異論を唱えるつもりなどカナタには更々なく、進んで手を貸すことも、微塵程も厭いはしないが。
噂を『確かめる』為にセツナが、恐らくは取るだろう『過程』を容易に予測出来るカナタにしてみれば、どうしたって、機嫌は悪くなるのだ。
人を攫って売り飛ばす、と云う商売なぞに従事する輩にとって、最も狙い易いのは、女子供の類いなのが世の相場で、今回噂に上っている山賊達も、その相場には従っているらしいから。
そう云う連中に関することを『確かめる』為に、セツナが取るだろう『過程』は…………────。