お姉ちゃんと変なおじさん達を最後に見たのは山の方……と子供が言ったから、坑道跡の中に、あの子の姉と山賊は消えたのだろうと踏み。
山肌に点在する坑道の入口跡を、セツナは覗いてみた。
すればその殆どは、出入り口より幾らも行かぬ内に、積み上げられた石で行く手が塞がれていて、奥まで入って行けそうなのは、たった一つしかなく、ならばここだろう、と彼は、躊躇も見せずに中へと潜った。
ぽっかりと開いた入口より射し込む、落ちる寸前の陽光は余りにも頼り無くて、直ぐさま当てにはならなくなり、閉山されて久しいから、灯る明かりの一つとてなく。
それでも、闇の中、暫くじっと佇んでいれば、目の方が闇に慣れて、進むのは、それ程困難ではなくなった。
しかし、こう云った場所には馴染みの深くないセツナにも、掘り始められたのはもう何年も……否、ひょっとしたら何十年も前かも、と察せられる程に古いその坑道は、何処まで続いているのか皆目見当も付かず、あちらこちらに脇道が有って、何処となく、迷宮のような風情も有り。
幾ら何でもこのまま進めば迷うだけ、と彼は呆気無く、『探検』を諦めた。
このまま一人進むよりは、出直した方がいい。
そうも判断して彼は、くるり、踵を返す。
余り深入りし過ぎるのも良くはないし、時間が掛かり過ぎては、あの少年は却って心細く思うだろうし、多分何処かで自分を見ているだろうカナタ達には、心配されるから、と。
振り返ったセツナは足早に、元来た道を、辿った。
「…………お馬鹿。何してんのさ。行くよ」
だが、戻り始めたセツナがそれ程は進まぬ内に、パッと彼の目の前にて光が瞬いて、眩しい……と、何度かの瞬きをし終えるや否や、ルックに悪態を吐かれて。
「あ、ルック」
にこお……とセツナは、転位魔法を操って現れたルックへ、パタパタと手を振った。
「ぼやぼやするんじゃないよ。どれだけ、僕に無駄な時間を過ごさせたと思ってるのさ。これ以上、手間掛けさせるんなら知らないよ」
が、ルックは嫌そうに、冷めた目付きでセツナを眺め。
「そんな言い方しなくったっていいじゃ────」
「──お兄ちゃーーーーーんっっっっっ!」
さっさと、ここを抜け出る為の魔法の詠唱を唱え始めた魔法使いへ、ぶうぶうとセツナは文句を言い掛けたが。
まるでその時を待っていたかのように、入口の方から、あの少年の叫び声が聞こえ。
「えっ?」
「…………この、お馬鹿っっ!」
一人で行くなと伸ばされたルックの腕をすり抜け、彼は駆け出した。
「平気だってばっ!」
「何処が平気なのさ、僕がこうして迎えに来てやってるのにっ!」
「でもどうせ、外にマクドールさん達いるでしょ?」
チッと、小さな舌打ちを一つして、唱え掛けた詠唱を半ば程で放棄し、ルックはセツナの後を追い掛け、追って来るルックと自分の距離が、徐々に開いて行くのを気にせず、セツナは走る速度を上げた。
「だからってっ! いい加減にしなよ、後でカナタに文句言われるのは御免だよっっ」
「へーきだってばーーーっ。マクドールさん、そんな人じゃないでしょー?」
ルックとて充分、戦場にて戦うことの出来る者だから、その見た目程、華奢には出来ていないが、基本的に彼は、肉体労働には向かぬ質なので。
あれよあれよと云う間に、俊足を誇るエルフの、スタリオンにも勝つ程足の速いセツナに引き離されて、ルックは足でなく、声でセツナを追ったが。
当のセツナはもう、坑道の入口を飛び出しており。
「どうしたのっ!? 何か遭ったっ?」
微かに射し込む逆光の中へ、身を霞ませてしまった。
カナタの合図を受けて姿見せたルックに促されて、最も坑道に近い地点に潜んでいた場所より飛び出したシーナとフリックは、進むこと程なく、セツナが入って行ったのだろう坑道跡へと、何時でも潜入出来る辺りに辿り着いた。
「どうする?」
「行くに決まってる。山賊退治に失敗しようがどうってことはない」
「ま、そりゃそうだ。『盟主殿』に何か遭ったらマズイし?」
森と、鉱山跡の敷地内との境目で、どうするべきかと一瞬だけ、二人は足を止めたけれど。
どうしたって、山賊退治云々よりも、セツナの身の方が、同盟軍にとっては遥かに『重い』のが現実だから。
行くか、と頷き合って彼等は、先へと進もうとした。
けれど、坑道跡へと向き直った二人の背を、気配も感じさせずに現れた者が、ポン、と叩き。
「うわっっ!!」
「……うるさい、シーナ」
「脅かすなよ、カナタっっ」
血相変えて振り返ったシーナは、己の真後ろで、にこっと笑ってみせた、背中を叩いた当人──カナタにぎゃあぎゃあと噛み付いた。
「驚き過ぎ」
「……どうする? カナタ」
こんな時にそんな現れ方をするなんて、性格が悪いの何のと、ぎゃいぎゃい言い続けるシーナをカナタはいなし、シーナ程ではないけれど、それなりに驚きはしたのだろう、ひくひくと唇の端を引き攣らせながらフリックが、次の手をカナタに仰いだ。
「ルックが、セツナを捕まえに行った筈だよ。なら、セツナの方は大丈夫だから、一寸、様子を見よう。…………さっき、少し様子のおかしい子供を見掛けたんだ」
「子供……?」
「ああ。僕の勘が正しければ、余り、『良い子』とは言えない子供。……もしかしたらその子が、僕達の『探し人』を連れて来るかも知れないからね。セツナのことはルックに任せて、僕達はまとまってた方がいい。直ぐ、ビクトールも来るだろうし」
どうするんだ? と問われてカナタは。
フリックにそう告げながら、セツナとルックが消えたろう、かつての坑道入口や、辺りの様子を窺い始める。
「どうして子供が、山賊なんか連れて来るんだ? そりゃ、こんな所に子供がいるってのは不自然だが……」
「……あのねえ。ここを何処だと思ってるんだい? フリック。バナー鉱山跡だよ? ──幾らだって、有り得る話だと思うけど? 例えば、ここの大人達がどう云う人種なのかも知らず、言うことを聞いてくれたらお駄賃をあげるから……とかね、そんな風な甘い言葉で丸め込まれた、とか。山賊を親に持って生まれた、とか。言うことを聞かないと、殺すと脅された、とか。やっぱり、言うことを聞かないと、親兄弟を殺すと脅された、とかね。可能性なんて、山程あるよ」
「…………成程」
「盲目的に、子供を『子供』と思うと、痛い目に遭うって、覚えておいた方がいいよ。………って、後でセツナにも言わなくちゃ……」
見掛けた、と云う子供を、余り『良い子』ではなさそうだ、とカナタが踏んだ理由を、フリック達は察せられなくて、きょとん、と云った顔になったが、カナタは溜息を付いて、その理由を説明し。
「おい、ヤバそうだぞ」
丁度そこへ、ガサガサと茂みを鳴らしながら合流したビクトールが、開口一番そう言ったのを受け。
「……ほらね?」
彼は、したり顔をしてみせた。
「ほらね? って何がだ? ……ああ、それよりも。様子のおかしい子供がいてな。そいつが、どっかから俺達のお目当ての連中、連れてきやがった」
カナタのそんな表情に、今度はビクトールが、あん? と訝し気な表情を拵えたが、直ぐさま傭兵は、ぱっと口調と頬に過らせる色を変え。
「どれくらい?」
「二……いや、三十」
「一人頭、五人程度じゃないか。楽勝だろう?」
それくらい、軽い、とカナタはビクトールへと笑い掛けて……ふっ……と、傭兵より眼差しを外し。
もう、直ぐそこへとやって来ていた男達の一団を、色のない瞳で眺めた。