「──お兄ちゃーーーーーんっっっっっ!」
森影に潜むカナタ達の目の前を、それと知らず通り過ぎるや否や。
ぱっと、幼子に導かれてやって来た男達は散り、坑道の入口へと向かって子供は叫び。
「…………遅い。幾ら何でも、遅過ぎる」
視界の中で展開して行く事態を眺めながらカナタは、ボソリと呟き棍を握り直した。
「……出るか?」
「ああ」
感情、と云う色の消えたカナタの瞳が、すっと細まったのを見遣って、ビクトールが剣を抜く。
「お仕事?」
「そうらしい」
日没の光も失せ掛けた中、星辰剣がきらりと光ったのを受けて、シーナとフリックも又、剣を抜き去った。
「どうしたのっ!? 何か遭ったっ?」
だが、そうして彼等が、潜んだ男達の前へと踏み出そうとした時、子供の叫ひ声に答えて、坑道よりセツナが飛び出し。
その時を待っていた、とばかりに物陰より躍り出て来た男達が、セツナを呼んだ子供の襟首を引っ掴みながらその周囲を取り囲み始めて。
「セ──」
「──出るなっっ」
光景の中へ、幼い盟主の名を呼びながら、ビクトールやフリックや、シーナの三人は、飛び込もうとしたが…………鋭い一言を放って、カナタがそれを止めた。
「何でっ! あのままじゃ、セツナがっ」
セツナの危機を救おうと、踏み出し掛けた足を止められ、血相を変えたフリックが、カナタを振り返ったけれど。
ゆるりと一度首を振って、カナタは唯、光景を見詰め。
「手遅れだ。嘘なのか、真実なのか、そんなことは知らないが。連中、子供を盾に取って見せてる。……あれじゃあ、セツナもお手上げだろう。──今僕達が出ても、今度はセツナを盾に取られるだけ。連中との距離がないから、何の魔法を唱えても、セツナが巻き添えになる。………………ルック……は……。────ああ、坑道の中みたいだな。今は動いている気配がない。…………そうだな……。それが、懸命だ。僕達も、一度、引く」
多勢に無勢、と受け取れるような言い回しで、彼は仲間達を諌めた。
「でも、だからって……」
「だから? 他に、どうしろと? のこのこと出て行って、揃って連中に捕われろと? ──魂喰らいを放てない以上、幾ら僕でも、セツナの喉元に突き付けられた剣よりも先に、あの場の全員を倒すことなんて出来ない。……引くと決めたのだから、引く。それが、最善」
見据えた様より眼差しを逸らさず、淡々と言ったカナタへ、いいのか、それで? と、シーナが告げ掛けたけれど、唯でさえ抑揚のなかった声音を、一層冷たいトーンへと落とし。
「………………遅い」
細やかな程度に光る、瞬きの魔法の煌めきを引き摺りながら、仲間達の輪の中へと姿見せたルックを振り返りもせず、カナタは一言のみを吐いた。
そんな彼へルックは、何一つとして言うことなく、肩のみを竦めてみせ。
それでもやはりカナタが、動くことはなく。
「……ルック」
「…………何」
「シーナを連れて、バルカスの所へ。──シーナ」
「……ああ」
「バルカスには、手勢を率いてロッカクの里への入口辺りまで登って来いと言ってあるから、落ち合ったら事情を話して、ここへ。彼のことだから、僕が頼んでおいた人数よりも多く、部下を連れて来ているかも知れないが、もしそうだったら、僕が彼に告げてある人数に編成し直せ。戻ってくる時は、連中に悟られないように。でも、極力早く」
「判った」
「それから、フリック」
「……何だ」
「ルックとシーナと一緒に。シーナをバルカスと会わせたら、ルックと二人で、バレリアとアニタを。難しいとは思うが……もしも途中で、バルカスやシーナ達と合流出来たら、そこから先の行動は、共に取ること。……ルックは、フリックを送り届けたら、シュウの所へ。成りゆきを話せ。事の次第を告げれば、そこから先どうすれはいいか、彼なら判るだろうから、シュウに何も言われない限り、それが終わり次第、ここへ」
「バレリアとアニタを、だな」
「…………いいんだね? あの軍師に話して」
────静かに、佇んだ風情のまま。
仲間達を振り返ることもなく、カナタはそれだけを告げ。
告げられた……否、命ぜられた者達より、一通りの応えが返るのを待って。
「僕はここのまま、ビクトールと一緒に、完全に日が落ちるのを待つ。三人が戻って来るまでに、片を付けるつもりではいる。……でも。万に一つの可能性は、捨て切れないから。『後ろ』は、任せた」
…………子供を盾に取られてしまったから仕方なく……と云った感で、男達に言われるまま、手にしたトンファーを、トン、と大地に捨てたセツナが、有無も言えず、なすがまま、男達に連れて行かれる様を、最後まで見届けたカナタは、漸く、仲間達を振り返り。
彼の、『そんな表情』を見慣れているビクトール達ですら、ぞくり……とした程、凄まじいまでに『美しく』微笑みながら。
行け、と言わんばかりに、無言のまま、顎をしゃくった。
「…………カナタ」
「何?」
「……落ち着け」
「落ち着いてるよ? 僕は」
沈黙と微笑みに急き立てられて、シリーナ、フリック、ルックの三人が、その場より消えた直後。
一人、カナタと共に残ったビクトールは、複雑な表情を湛え、落ち着けと、恐る恐る彼へ訴え掛けたが、返って来た言葉は、さらりとした口調で告げられた、言われるまでもなく、の一言のみで。
「ホントかよ……」
疑わし気な目を、ビクトールは拵え。
「取り乱してるように、見えるとでも? …………ああ、漸く人の気配が消えた」
けれどカナタは、そんな眼差しをあっさりと無視し。
森影より抜け出て、先程までセツナが立っていた、坑道の入口へと歩み寄ると、すっと身を屈め、打ち捨てられていた一組のトンファーを取り上げた。
「…………無知って、素晴らしいよねえ……」
肌身離さぬ天牙棍さえも離して、セツナの天命双牙を手にしたカナタは、ぽつり、心底愉快そうに囁く。
「……何が?」
その声音を、彼の後を追ったビクトールが拾い上げて、意味を問うてみれば。
「ん? 僕を怒らせるなんてね、いい度胸だ……って話」
彼より、そう云う意味だよ、との答えが返って来たから。
「………………まあ、な……」
久し振りに、カナタの奴ブチ切れやがったかな……と、ビクトールはその面を僅か引き攣らせた。