顔に引っ掛けていた若草色の布を、ぱさりと取り去り。

本格的に暮れて来た空を、ふいっと眺め。

そののち、廃虚となった棟を見下ろし。

「陽窮まれば陰となり、陰窮まれば陽となる……か。──静か過ぎるのも気に入らない」

ぼそり、不機嫌そうに呟くと、カナタはうたた寝を決め込んでいた──と云っても本当に寝ていた訳ではないが──枝の上にて立った。

「…………ん?」

──と、地上に降りて、様子を確かめてみようと起き上がった彼の眼下を、廃屋から出て来たセツナが駆け抜けて行き。

「坑道……の方に行って、どうすると……。────…………子供……?」

おや? と様子を見守っていれば、坑道の方角へとセツナが消えた直後、今度は、辺りを窺うような風情で、廃屋の中より子供が姿見せ。

カナタに見られているのも知らず、子供は、セツナが向かったのとは真逆の方角へ、走り出した。

「えげつないな……」

日の暮れ掛けた廃虚の中を駆けて行った子供が消えた辺りを、しかと見定め。

忌々しそうに吐き出して彼は、素早く大木より地上へと降り始めた。

────麓より遠く離れたこんな場所に、子供が一人で迷い込む訳がなく。

例えばあの子が、ここへと攫われて来たのだと云うなら、子供が出て来たのと同じ廃屋に潜り込んだセツナが、居てもおかしくはない見張り役と、立ち回りの一つくらいは演じていても不思議ではないのに、そんな気配もないし。

子供を放り出して、坑道跡など目指す道理も無い。

あの少年が本当の迷子で、怯えた挙げ句にあの場所に隠れており、一緒に遊んでいた兄弟姉妹や友人を探して欲しいとか何とか、偶然巡り会った『お兄ちゃん』に泣き付いたと云うなら、一人で坑道へと向かったセツナの行動の説明は付くが、だと云うならば、そこで隠れているように、とセツナは子供に告げたろうから、そう言ってくれた『お兄ちゃん』が出て行くや否や、辺りを窺いつつ、逆方向を目指すなどと云うことは、不自然過ぎるから。

………………この光景より導き出される答えは、一つである可能性が高い。

故にカナタは、えげつない、と憤りを零し、急くように大木を降りて。

ほんの僅かだけ彼は、右手の魂喰らいを発動させた。

それは、詠唱を唱えるでもない、紋章を眠りより解き放って、凄まじい力の篭る魔法を撃つ時とは、比べ物にならぬ程度ではあったけれど。

それでも、近くにいるだろうルックを『促す』には充分で、それだけを終えると彼は、舞い降りた茂みの中を縫うように疾走した。

薄暗くなった空の許、廃虚の棟佇む景色の中を抜け、坑道跡を目指したセツナと、それより僅か程遅れて姿見せた子供を、ビクトールとルックも又、潜んでいた薮の中より、窺うことが出来ていた。

「……あ? 何でこんな所にガキが……。……それに、あのガキ……」

同じ光景を見たカナタ程、はっきりとした不審ではなかったものの、ビクトールも又、セツナと見ず知らずの子供の取った行動への疑問を抱き。

「………………合図」

ビクトールが首を傾げた数拍の後、何やらを感じ取ってルックは、躊躇うことなくロッドを振って、転位魔法の詠唱を唱え、その場より掻き消えた。

カナタよりの合図、と、それだけを呟き消えた風の魔法使いに気を払うこともなく、星辰剣の柄に手を添え、ビクトールは薮を抜け出し。

──……一方、その頃。

「しかし、暇だな……。ビクトールの奴、寝こけてなきゃいいが……」

「おや? 腐れ縁って言われてるだけのことはあって、気になるんだ? 相方さんのことは。仲が良いねえ」

「あのなあ…………」

茂みに潜みつつ、又、暇潰しの為のやり取りを始めていたフリックとシーナは。

「出番みたい」

唐突に、眼前にて灯った光より姿現したルックに、不機嫌そうに告げられたが為。

「……脅かすなよ、ルック……」

一瞬、ドキリと大きく鳴った心の臓を押えながら、それでもパッと頬を引き締め、ルックがふいっと顎をしゃくってみせた方角を向き直り。

フリックはオデッサを、シーナはキリンジを、何時でも抜けるように構えながら駆け出し。

「………………面倒臭い……」

仲間達の背中を見送ってルックは、ボソッと洩らしてより再び、転位の為の詠唱を唱えた。