こうなってしまった以上、大人しくしているのが得策なんだろうなー……と、それは判っていたのだけれど。

唯、言いなりになるのも癪で。

子供の声に呼ばれ、坑道から飛び出て、不様な結果を晒す羽目になった直後、トンファーを手放してよりも少し、反抗的な態度を取ってみたら、剣の柄で以て、手加減無しで殴られたから、こめかみの辺りと、唇の端が切れ、血を流すこととなり。

唇の方は、口の中一杯に、鉄の味が広がる程度の怪我で済んだものの、こめかみの方の傷は、未だに出血が止まらず。

「…………んー。未だ痛いかも……」

倒れ伏していた体を起こしたセツナは、未だ痛いし血は止まらないし……と、男達に乱暴に放り込まれた廃屋の一室で、ぶちぶち文句を零していた。

「怒られるかなー。怒られるよねえ……。後で何言われるか……。マクドールさん達、ぜーーーったい、アレ、見てた筈だから……。……うー……恐いよぅ。マクドールさんに、叱られるよぅ……」

埃だらけの床の上に蹲って、汚れた壁に背中を預け、何やらを想像しながらセツナは、ふるっと身を震わせる。

「……せめて後で言われるお小言、少しでも減らす為にも、出来れば自力で抜け出したいんだけどなー。外れないんだよねー、これ……」

誠に頼りない明かりがポツ……っと灯った小さな蝋燭が、部屋の片隅に置かれているだけの、薄暗い、窓一つない室内を、そろっと見渡し。

あれから一体、どれだけの時間が経っているのか、それだけを考えながら彼は、もぞもぞと体を捩って、背中に廻され縛り上げられてしまった両の手首の縛めを、外すことは出来ないものかと、奮闘してみたが。

「あいたたた……」

こう云ったことに手慣れているらしい男達が、鎖を使って施して行ったそれは、随分ときつく、もしかしたら御丁寧に、鍵さえも掛かっているかも知れなく。

「…………駄目だ、手首も外れないや」

関節を外して抜け出すことすら通じない、と、はふ……そんな感じで、セツナは溜息を付いた。

「困っちゃったなー。どうしようかなー」

────ぼそぼそと洩らし続けている独り言の台詞程は、困った風情を彼は醸し出してはいないけれど。

子供を盾に取ってこちらの抵抗を阻止した男達に殴られた時、意識を失う処までは行かなかったが、当たり処が悪かったのか、少し、朦朧としたのは確かで、故に、時間の感覚も狂ってしまい、多分もう、夜になっていると思うけど……と、そんな程度のことしか、今の彼には判断が付かなくて、自分がこうなってしまった現場を、恐らくは見ていただろうカナタ達が打つだろう手が、何処まで進んだのか計れず。

どう頑張ってみても外れそうにない手首の戒めは、荒縄ではなくて鎖だから、手首が外れない以上、もうどうしようもなく。

この状況を、何とかでも打破するならば、額に宿してある蒼き門の紋章を──両手共に掲げられないから、他に選択肢はない──使うくらいしか、手段は残されていないのだろうが、もう一度、子供を盾に取られたら、又先程と同じ末路を辿るだろうし、この廃屋の中に捕われているのが、あの子供だけとは限らないから。

「大人しく、マクドールさんの雷が落ちて来るの、待つしかないのかなあ……。ヤーだなあ……。何が恐いって、マクドールさんのお説教程恐い物ってないんだもん……」

自分だけで何とかするのは、無理なのかも……、そう呟いて、セツナは。

同盟軍の盟主である自分が、ここでこうしていなければならないこと、この状況が齎すこと……と云った、諸々のことよりも、この様が何とかなったら、確実にカナタに喰らうだろう説教のみを、恐れ。

無駄な抵抗を、一先ずは諦めた。

「お腹、空いた…………。ハイ・ヨーさんの御飯、食べたいよぅ。……荷物の中に、お弁当あったんだよねえ……。僕の荷物、何処持ってっちゃったんだろ、あの人達。折角のお弁当、食べなきゃ悪くなっちゃう……」

抵抗を放棄するや否や、当分は大人しくしていよう、と。

そう決めた彼は、凭れていた壁よりずるずると身を崩して、トサ……っと、床に転がり。

又、一人ぶつぶつと呟いて。

「………………御免なさい……マクドールさん……。怒ってます……? 苦しい想い……してます……? 御免なさい、こんなことになっちゃって…………。でも……僕、無事ですから……『泣かない』で下さいね…………?」

今この場に、居よう筈もないカナタへ、小さな声で告げ、ゆっくり、瞼を閉ざした。

左のこめかみから流れ続けている血が、どうにも気持ち悪い、と、そんなことを思いつつ。

眠たい訳でも、疲れている訳でもないのに、何となく、睡魔に襲われ眠りに落ちる直前の感覚に似た、だるさを感じて彼は。

「マクドールさ…………──

カナタの名を呼びながら、埃だらけの床の上で、小さく、身を丸めた。