「よっ……と」

軽い掛け声と共に、目的の棟へと向かう途中で出会した、見回りの山賊を二名程昏倒させた後。

「穏便に潜入……ってなあ、俺にゃ向かねえんだよな」

ボソっとビクトールは文句を零して、もう直ぐそこに窺える、棟の入口を見遣った。

「しゃーねーなー。入ってみりゃあ何とかなるだろ。付き合え、星辰剣」

忍びの者が得意とするようなやり口など、到底、己の向きではなくて、さて、困ったな、と彼は、暫しの間、その場に佇んでみたけれど。

そうしていても、何が変わる訳でもないから。

手にした、夜の紋章の化身に話し掛け、剣よりの是非が返されるのも待たず、隙なくそれを構えながら、踏み込んだ途端始まるだろう戦いに、彼は備えた。

廃屋の中に、明かりが灯っていること、扉の向こう側に、数名の気配があること、それを確かめ。

威勢よく、入口を蹴破ろうとして、その時。

「あ? 何だ?」

遠くから、微かに、破壊音が響いたのを知って、ビクトールは持ち上げ掛けた足先を止めた。

『魔法……だな。恐らくは、蒼き門の紋章の』

すれば。

曰く、自分のことを剣ではなくて、棒っ切れか何かとしか思っていない男に振り回されるのは癪に障って仕方ない、と。

年中ぼやいて止まない星辰剣が、その破壊音の正体をビクトールに教えた。

唯一言付き合えと、そんな簡単な投げ掛けで、今夜も又、棒っ切れのように振り回されるだろうことに、星辰剣はそれまで、臍を曲げていたようだったけれど。

気難しい質を持ち合わせた、人間臭い伝説の剣も、だんまりを決め込んでいる場合ではないのかも知れぬと、そう判断したのだろう。

「召喚魔法か? ってことは、セツナの奴か。とうとうキレたか、あいつも」

『多分な』

「…………ま、いいか。これで、穏便にってのは消えたんだから」

星辰剣が教えて来たことに、ったく天魁星ってのはどいつもこいつも……と、ビクトールはぶつぶつ、口の中で文句を呟き掛けたが。

これで、己としてはやり易くなったからと、一度は下ろした足を、もう一度、高く持ち上げ。

勢いを付け、扉を蹴破り。

「邪魔するぞー。……お前等か? 『家の息子』、連れてきやがったのは。返して貰うぞ?」

直ぐそこにいて、ねぐらの中より沸き起こった破壊音に慌てているらしい山賊達に向け、そう言い放ちながら。

「……十五、ってあいつの歳がホントなら、俺は、十八の時にあいつを拵えたことになんのか?」

どうでもいいことを呟きながらビクトールは、ぞっとしねえ話だなあ……、と肩を竦め。

それでも、何処となく『愉快』そうに、星辰剣を振り上げた。

『とっとと働かんか、愚か者』

「うるっせーな、やってるよっ!」

『…………だから、止めろと言っておるだろうが。儂を棒のように振り回すのは』

「一々、注文付けてんじゃねえっっ。お前なんか、この扱いで充分だっっ」

ビクトールの呟きを聞き付けては文句を言い。

一薙ぎで、山賊達を斬り捨てる度に文句を言う、小うるさい剣と、ぎゃあぎゃあ言い合いながら。

「どっちだ? セツナがいるのは」

『………………奥、だな。地下かも知れん。こちらではなく……カナタのいる方に向かっているようだが、兎に角、この廊下を真直ぐ行けば、近付くことは叶う筈だ』

立ちはだかる『障害』達を、軋む床へと叩き伏せ、彼は。

伝説の剣に教えられるままに、唯、棟の奥を目指した。

目指す場所へと向かう道すがら、ビクトールがそうだったように、カナタも又、見回りをしていたらしい数名の男達と、出会したけれど。

出会した男達も、裏口を固めていた男達も、小手調べにすらならぬ程あっさりと、彼はやり過ごしてしまった。

「普通の夜盗よりは、慎重に事を運ぶから、もう少し、出来ると思ったんだけどな」

軽く振るった棍の一閃で呆気無く倒れた、足許に転がる山賊達を見下ろして、これでは体も暖まらないとカナタは、ボソっと零した。

「さて、どうしようかな……」

──倒した者達へ、一瞬だけ注いだ興味も失い。

眼前にある、廃屋の裏口を眺めて、彼は独りごちる。

どう推測してみても、扉の向こう側にあるだろう廊下は、棍を扱うには狭過ぎると思え。

一応、隠密の内に事を進めようと、ビクトールとは暗黙の了解を交わした手前、魔法を放つと云うような、目立つことはしたくないから、と彼は徐に、懐に手を差し入れた。

……狭い場所で戦わなければならない羽目に陥った時の為に、カナタは懐に、武術扇を忍ばせていることが良くある。

勿論、今宵も。

故に、それに頼るかと、懐よりそれを取り出そうとして。

「………………魔法?」

廃屋の中の何処いずこより、ドン……っと、破壊音のような衝撃が響いて来たのに気付き、彼は動きを止めた。

「おやおや」

カナタが、動きを止めたのは一瞬のこと。

沸き起こった音の正体を知るや否や、彼は懐に差し入れた手をそのまま引き。

これで、悠長なことをやっている場合ではなくなった、と、左手を掲げながら扉を開き。

問答無用で、烈火の紋章を解き放って。