突然沸き起こった破壊と衝撃に、慌てふためいた山賊達が飛び出して来る中を、セツナは、身軽さだけを頼りに駆け抜けた。

「えっと……。こっちは……星辰剣だからビクトールさんで……。マクドールさんは…………うん、こっちっ」

時折──例えば、勝手の判らぬ廃屋の廊下の、角を折れる時とか──、軽く立ち止まっては、魂喰らいの気配を確かめ。

「逃げ切らせてねー、お願いだからっっ」

後々、『展開』がどう転ぶか判らぬから、蒼き門の紋章を使用するのを極力押さえ。

男達へ、訴えるように喚きながら、セツナは走り続けた。

頭を殴られた所為で、少しばかり朦朧としていた時間は、彼自身が思っていたよりも長い時間だったのか、放り込まれた部屋は、地上階だとばかり思っていたのに、どうやら、地下の一室だったようで。

一歩踏み出すごとに埃を巻き上げる、痛みの酷い廊下を抜けた彼は、階段を昇り、迷うことなく、棟の裏口──カナタのいる方角へと脱兎の如く。

唯、向かわなければならない人の許のみを目指して、目指して。

「マクドールさーーーーーんっっ!」

漸く、地上階の廊下の向こう端でカナタの姿をセツナは見付け、声高に名を呼んだ。

「……あ、見付けた」

両手を、背中に廻した姿のまま、駆け寄って来たセツナに呼ばれ、カナタは一瞬、ほっとしたような表情を拵えたけれど、一転、眉を顰め。

「…………酷いね」

殴られた直後に比べれは、勢いは失せたとは云え、それでも、タラタラと血を滴らせ続けているセツナの傷へと腕を伸ばし、痛まぬように、拭い。

「お小言は、後でたーーーーーー……っぷり、してあげる」

ふわり……と彼は、左腕のみで、セツナを抱き寄せた。

「……ふぁい…………」

「ふぁい、じゃなくって、はい。──本当にもう……。僕に冷汗掻かせるようなことばっかりするんだから。……ああ、それよりもセツナ。横向いて、壁際に立って。…………いい? 動いては駄目だよ」

頭上より、説教は後で山程、との宣言をされ、ひくっと頬を引き攣らせたセツナの返事を嗜め、カナタは、抱き締めた彼を一度ひとたび『手放す』と、右肩を壁に押し付けるような姿勢を取らせ、斜め上から垂直に棍を突き下ろし、セツナの両手首を縛めている鎖を壁へ打ち付け砕き加減にしてから、少々強引に、それを取り去った。

「有り難うございます。よーやく、すっきりしました」

やっと、手首が解放されて、嬉しそうにセツナは言う。

「外そうとして、無理した? 少し、裂けちゃってる」

「ああ、平気ですよぅ、こんなの。だいじょぶです。僕の紋章か、流水の紋章でも唱えちゃえば、パパっと。こめかみの方だって、痕も残りませんよ?」

「うん、まあね。そうなんだろうとは思うけどね」

喜びながら、手をぶらぶらさせていたら、はい、とカナタよりトンファーを手渡されて、一層の喜びを募らせ、にこにこ笑いながら彼は、語ったけれど。

セツナの言うことが、間違いではないと判っていてもカナタは、そう云う問題じゃないとの気配をトーンに滲ませて。

「それは、判ってるんだけど。判っては……いるんだけど」

彼は改めて、セツナをその腕に、抱き直した。

「………………御免なさい」

「謝らなくてもいい。……君が、謝る必要なんて、ないから」

すればセツナは、抱かれた腕の中でおもてを伏せ。

詫びずともいい、とだけ、カナタは言い。

儚い雰囲気が、二人の周囲に漂い始めたが。

「いたぞっ!」

「こっちだっっ」

セツナを追い掛けて来た男達の叫びが、彼等が佇んだ廊下に響き渡って、訪れた雰囲気に飲まれる間もなく、カナタも、セツナも、ぱっと顔色を塗り替えた。

「セツナ。先に行ってて。僕の予測通りに事が運んでいれば、もう直ぐルックが戻ってくる筈だから。……例え、ルックがシュウに捕まったとしても、シーナ達か、フリック達が、到着してもいい頃だ」

「…………う。ルック、シュウさんのトコ行ったんですか?」

「そうだよ」

「うーわーー……。シュウさんにも、後で怒られる……」

「僕や彼だけじゃなくって、皆に怒られると思うけど? ──因果応報」

「………………せめて、自業自得にしてくれませんか、マクドールさん……」

「一緒の意味だと思うけどね。……さあ、早く」

「でも、僕、戦えますよ? 傷だって、紋章唱えちゃえば……」

「いいから。一寸、思う処あって、って奴。……あ、そうそう。君の金輪。もう一寸、預からせておいてね?」

余他話混じりの会話を交わしながらも、顔付きを鋭くして、カナタも、セツナも、それぞれの武器を構えたけれど。

すっとカナタは、片腕を伸ばしてセツナを制し、外へ向かえと促した。

身動き出来ぬ程の大怪我をしている訳でもないのに、一人で脱出するようにと言われたセツナは、何処となく不服そうな顔をしたが、困ったような笑みを浮かべたカナタに、思う処が、と告げられてしまったが為、それ以上食い下がれず。

「……輪っかのことは、別に後でもいいですけど……。────じゃあ、僕、先行きますね。でも、気を付けて下さいね? マクドールさん」

後ろ髪を引かれるような風情を見せながらも彼は、タッと踵を返して、裏口目指し、駆け出し。

カナタは、右手の壁に、ゆるりと棍を立て掛けつつ、追手を向き直り。