「………………ありゃ」
廊下を駆け抜けて、裏口を飛び出したら、そこには、どう見ても、解き放たれた烈火の魔法に倒された男達の肢体があり。
マクドールさん、随分『潔く』やったなあ……と、呑気な感想を抱きつつ、ひょいっと、生きているのかどうか怪しい、折り重なる肢体をセツナは飛び越えた。
「……でもどうして、烈火の紋章だったんだろ?」
上弦の月が輝く夜空の下、駆け続けていた足を止めて、ふいっと、入口が開け放たれた廃屋の中を振り返り。
ふと、彼は首を傾げる。
あの廃屋の廊下はそれ程広くないから、棍を振れなかった、と云うのは理解出来るし、カナタが、かなりの確率で持ち歩いている武術扇を使わなかったのは、彼が廃屋へと忍び込むよりも先に、自分が蒼き門の紋章を放って、『騒ぎ』を起こしてしまったからだろうけれど。
だから、手っ取り早くカナタは、武よりも魔を、用いたのだろうけれど。
「そりゃ、今日はマクドールさん、左に烈火宿して、額に返し刀、宿してたけど……。手っ取り早くって云うんなら、魂喰らいの方が早いのに」
──同じ、魔を用いるなら。
カナタは、魂喰らいを使うことを微塵も躊躇わぬ口なのだから、烈火よりも、魂喰らいを用いた方が、余程『早かった』ろうに、と。
そんなことに、セツナは疑問を覚えた。
「………………あ」
だが、漠然と覚えたその疑問を深く考えるよりも先に、背後にて、ふわりと転位魔法の波動が湧き起こり。
「……お馬鹿」
揺らめくように姿を現したルックに、そう罵られ。
「お馬鹿……。うーん、今日は確かに、お馬鹿かも…………。御免ね? ルック」
考えることを止め、ほんの少しばかりシュンとして、セツナはルックへと向き直った。
「…………ねえ、ルック」
「……何」
「シュウさん……怒ってた?」
「そんなこと、僕が言わなくったって判るだろ」
「あー……やっぱり…………」
「軽率なことするから、そうなるんだよ。自分の所為だろ? 何も彼も」
てへっと、誤魔化し笑いを作りながら上目遣いをして、同盟軍正軍師殿の御機嫌を伺って来た盟主に、ルックは吐き捨てるように言い。
「ほんっ……とーーーーーー…………に。救いようのないお馬鹿だよね、セツナって」
眼前の少年の、頭の天辺から爪先までを眺め、風の魔法使いは、苛立ちもあからさまに、右手の中のロッドを振った。
「……あ、もう、怪我したトコ痛くない。有り難うね、ルック」
振るったロッドの先より溢れた呪に癒されて、セツナはにこっと笑う。
「…………別に。そんな風に言われる覚えなんてないけど」
が、ルックはそっぽを向いて、悪態を付いた。
「まーた、そう云う風に、素直じゃないこと言うしぃっっ」
「礼なんて言われる筋合いじゃないから、そう言ってるだけだろ? …………血の気の足りてない、青い顔しちゃってさ。そんな顔色してるあんたに、輝く盾の紋章使わせたりしてみなよ、後でカナタに文句言われるのはこっちなんだから」
有らぬ方へ視線を流してしまったルックへ、プッとセツナが頬を膨らませたが、吐かれ続けるルックの悪態は続いて。
「どうせ、カナタ達が戻って来るまで、ここから動くつもりないんだろ? 森の方に行きなよ。そろそろ、シーナ達かフリック達か、着く筈だから」
ロッドで、暗闇の一点を指し示すとルックは、徐に伸ばした手で、セツナ自身の血に塗れてしまった黄色いスカーフを奪い、再び、異空間へと掻き消えた。
「え、一寸、ルックっ! それ持って何処行くのっ!」
詠唱によって呼び出された、光の球のような空間の中に、姿歪ませながら溶け込んでしまったルックへ、セツナは叫びを投げ掛けたが、時既に遅く。
「ルックの、薄情者ーーーーーっ! 僕のスカーフなんて、どうするのーーーっ!」
ぶうぶうと、文句を放って、セツナは。
「いいもん。シーナか、フリックさんのトコ行くからーーーっっ。……あ、でも、やっぱり怒られるような気がする…………」
それまで、確かにルックがいた場所へと向けて、盛大に、べーーーと舌を出してから、トンファーを構えたまま、暗闇の森目指し、足先の向きを変えた。
存外に広い廃屋の中を駆け抜けるべく、曲り角に遭遇する度、右だ左だと、尊大な口振りながらも方角を指し示してはくれる星辰剣に従い。
カナタの──正確には、魂喰らいの気配のする場所目指していたビクトールは。
「………………カナタ?」
もうそろそろ、裏口が見えてもおかしくはない一角へ飛び出すべく、何度目かの角を曲がった刹那、煤けたような廊下の壁に立て掛けておいたらしい天牙棍を、右手に持ち直すカナタを見付け、不思議そうなトーンを声音に滲ませつつ、その名を呼んだ。
「ああ、ビクトール。セツナなら、見付けたよ。先に行かせた」
持ち直した天牙棍の感触を確かめるように、数回、握りを変える動作を見せながら、カナタは振り返った。
「無事か? なら、一安心って奴だな」
「そうだね。……処で、そっちは?」
「あー……そうだな。多分……十人の上は片付けたんじゃないかと思うが」
「おや、ご苦労様。なら、ビクトール。セツナのこと、追い掛けてよ。森の方に向かってると思うから、シーナかフリックか、拾うかも知れないけど。念の為ね」
「…………そりゃ……お前がそうしろって言うんなら、文句を言うつもりはねえが……………。お前……平気か……?」
常に、人々に見せて歩いている微笑み付きで、振り返ったカナタと。
一応、会話を交わしてはみたものの。
カナタとのやり取りの最中、『少年』の背後に広がる光景を、目に止めてしまったビクトールは、顰め加減になった面を、カナタへと向けた。
「え? 何が?」
「いや……その………。まあ、何だ。…………いいか、どうでも。──なら、セツナの後追い掛けるぞ? 俺は」
「ああ、そうしてよ。多分もう、七、八人くらいしか、残ってないと思うからね。僕だけで充分だし」
「判った。じゃあ、後でな」
渋い顔……と言うよりは、困惑の表情をビクトールに向けられても、カナタはきょとんとして見せるだけで。
ま、いいか……と。
言うだけ言って、更に廃屋の奥へと向かったカナタの背中を、ビクトールは見送り。
「やれやれ…………」
カナタ、と云う『壁』が失せた為、益々広がった光景へ、溜息を洩らした。
────彼の足許……則ち、それまでカナタが立っていた、その向こう側には、血の海があり。
紅色の海の中に、横たわっている死体が、何体もあり。
成程、棍じゃなく、例の、刃物が仕込んである武術扇振り回しやがったから、壁に棍を立て掛けてやがったのか……と。
ビクトールは無意識に、頭を掻き毟った。
「要らねえ『余裕』、ありやがるなぁ……。それだけの『余裕』見せ付けて、返り血の一滴も、浴びてねえってか」
『そのようなこと、ぶつぶつ、零すような話でもあるまい?』
どの骸も、首筋を通る血の路のみを、唯の一閃で断ち切られている、戦いに『慣れ親しんだ』者ですら、余り見たいとは思えぬだろう光景を、ビクトールがぼやけば。
星辰剣が、何を今更、と、呆れを見せた。
「……まあな。やり方がどうであれ、倒すってことにゃ変わりはねえからな。俺が兎や角云う筋合いじゃねえってのは、よーー……く理解してるんだが」
『なら、何が言いたい、御主』
「いやな……。本気で、『見境』がねえな、と」
『「仕方なかろう?」 …………多分』
「仕方ない、か…………」
──どうにも、喋ることが好きらしい星辰剣と。
誰の目にも、喋ることが好きと映るビクトールは。
血の海の傍らに立ち、訥々、言葉を交わし。
紅の溜まりも、屍
セツナの後を追うように、裏口より、表へと出た。