敵が潜んでいるような気配のする方角へと、足を進めている途中。
「……ああ、そう言えば、あの子供……。ビクトールが、子供に手を出す筈がないし。でも……逃げたとは思えないし」
セツナが巡り会ったあの子供は、何処に消えたんだろうと、ふ……っとカナタは、そんなことに思い当たった。
セツナがここに連れ込まれてからの成りゆきを、当人から聞き出しはしなかったから、何処までも、推測の域を出ない話ではあるが、セツナは魔法を唱えたのだから、きっとあの子の正体は、『そう云うこと』だろうとカナタは踏んでいて。
ここの廃屋に巣食う一団が、用意周到な理由は、自分達を捕らえにやって来た者達に踏み込まれても、逃げ出すことはせず、返り討ちに遭わせる方を選び取って来たからだろうとの考えにも基づき。
「いる筈なんだけどな。あの子も、頭目だろう奴も、ここに」
崩れぬリズムで軋む廊下を進みながら、より、人の気配の強い方へと、ぶつぶつ言いつつ、彼は向きを変え。
「………………見付けた」
雑然とした雰囲気が濃くなった廃屋の、通路、と云うには広過ぎる空間に置かれた物陰の一つより、こちらの気配を窺っている小さな影を見付け、先程、セツナの姿を見付けられた時よりも、ともすれば『嬉しそう』な顔を、カナタは作った。
「出ておいで」
空間に、ぽつりぽつりと置かれている雑多な物の影より、半身を覗かせては隠れ、覗かせては隠れ……としている小柄な姿に向かって、低く、彼は告げる。
「……えっと……。お兄……さん……は…………──」
「いいんだよ。何も知らない、子供の振りなんかしなくともね」
呼ぶ声に、あっさりと従って、全身を現した子供は、上目遣いを見せながら、辿々しく話し掛けたが、抑揚のない声で、冷たく言い切られ。
「…………何だ、ばれてるんだ」
おどおどとした素振りを見せていた子供は、ムスッと、つまんないの……、そう囁きながら、カナタに近付いて来た。
「ああ、それには同感だね。僕も、つまらないと思う」
さり気なく下ろしているように、見えないこともないけれど、体に沿うように下ろされた拳の形からするに、この子供は何か得物を隠しているだろうと、カナタには察せられ。
一歩一歩、狭まる己と子供との距離を見遣りながら。
「……つまらないと、心底思うから。『つまらないこと』は、早く終わらせたいんだ。君も、そう思うだろう? 僕のように、刻と決別した身の上の者でも、時と云うものは、黄金より価値があると感じるんだよ。…………だから、ね」
トン、と勢い良く彼は子供へと足を踏み出し、その勢いを借りて、棍を振り翳し。
容易に立ち上がることは叶わぬだろう程度の力加減で、小柄な体の、肩を打った。
──深手を負わされた訳ではないが。
重たい一撃を喰らって少年は、悲鳴も、呻き声すらあげること出来ぬまま、その場に蹲り、隠し持っていた短刀を、床に落とす。
「…………ちっ……くしょ………っ……」
這いつくばりながらも、零した得物へと、少年は手を伸ばしたが、見ている前で、カナタの棍の先が、遠くへ短刀を飛ばし。
口惜しそうに、彼は呻いた。
けれど、その悪態に耳も貸さず。
カナタは、『子供』の喉元に天牙棍を押し付け、軽く、力を込めて。
「……殺す……気…………?」
「不服か? 他人に刃を向ける行いは、則ち、そう云うことだ。そちらが、それすら理解出来ぬような、真実『子供』だとしても。僕には関係ない」
「…………嘘……だろ……? 普通……殺さない……よな……。子供、なんて…………」
「だから。言っているだろう? 僕には関係ない。報いは報い。人を殺すと云うこと、人を貶めると云うこと、それを為すのなら、何時、己が殺されても、貶められても、恨み言は言えない。お前が、子供であると云うこと、それは、僕に刃を向けようとしたこと、セツナを貶めようとしたこと、その免罪符にはならない。…………………覚悟は?」
────少しずつ、少しずつ、力を増しながら。
呼吸を奪うようにめり込んでくる棍の先に怯え、子供はヒッ……と息を飲みながら、泣き笑いのような顔で、カナタを見上げたが。
物言う花の如くの面
「……っ…………──」
何かを、悟ったかのように少年は、息を詰め、固く瞼を瞑った。
──────覆った瞳の、暗闇の中で。
彼が、呼吸を忘れて暫し。
恐る恐る、彼は眼
片方ずつゆっくりと、瞳を見開き、そろそろと、顔を持ち上げ。
「……殺さないの……?」
棍を構えたまま、動こうとしていないカナタを、少年は見詰めた。
「…………世の中にはね。一応、ではあるけれど、改心と云う言葉があるから。やり直すつもりが君にあるなら、僕は棍を、引いてもいい。……どうしたい? やり直す? それとも、ここで生涯を終える? ──子供が生きるにしても、大人が生きるにしても、世界なぞ優しくはないけれど。それでも、身を粉
どうして、未だに自分が生きているのか、それを不可思議と感じている少年を、静かに見下ろし、カナタは告げた。
「……そんなこと…………言われたって…………」
「そう。じゃあ、死ぬ道を選ぶ?」
「それは…………」
「…………ま、僕にはどうでもいいことだから、好きにするといいよ。……余り、寝覚めのいい話じゃないしね、『子供』を相手にするって云うのは」
「結局は、そこかよ…………」
「……ああ、勘違いされると困るんだけど。子供を殺すのは、寝覚めが悪いと言っているんじゃなくて。今ここで叩き潰そうと見逃そうと、僕の害にもならないような『小さな』君を、殺してみても益がない、と云うだけの話」
──ぼんやりと、気の抜けた顔で見遣ってくる彼に、何処までも冷たい台詞をカナタは投げ掛け。
すっと棍を引き、その横をすり抜け、歩き去った。
置き去りにされた『子供』は、微動だにしなかったけれど。
そのようなことに、もう、気も払わず。