「…………俺達の言い分に、貸す耳なんざないか。そうだろうな。………で、どうするんだ? 英雄様。噂に高い、ソウルイーターとやらを、呼び出すのか?」
──カナタの右手が、ゆるりと動き出しそうな気配を察し。
頭目の男は素早く、懐から一枚の札を取り出し、宙へと放り投げた。
守りの天蓋の札、を。
「魂喰らいで、あっさりあの世に送って貰える程、自分達には価値がある、と思っているとでも?」
だが、カナタは。
口許に薄ら、笑みを浮かばせ。
「『あいつ』を呼ぶなんて『優しい』真似、僕がする筈ないだろう? 自分達のやったことを、良く考えてみるといい。…………言った筈だ。僕は、山賊退治をする為に、『ここ』まで来た訳じゃないと。……僕はね。僕の目の前で、僕から『あの子』を奪おうとした償いをして貰う為に、ここにいる」
「…………あの子? ああ、あんたの仲間の、あのガキのことか?」
「そう。…………その『ガキ』がね。僕にとっては、掛け替えがないんだ。あの子は、僕の………………だから。────許さないよ。例え、あの子が無事でも。無事に、僕の許へと戻って来ても。奪おうとした行為そのものを、僕は許さない」
「だったら、どうなるってんだよ。例え、あんたがどれだけ強くても、八対一は辛いんじゃねえか? 俺だって、兵士だったからな。俺達の武器と、あんたの武器じゃ、あんたの方が分が悪いってことくらい、判るんだよ」
笑いながら、許さない、と言ったカナタへ、頭目は、馬鹿にしたような態度を取ったが。
「それがどうした?」
頭目の態度に倣ったのか、薄笑いをしながら太刀片手に近付いて来た男の一人へ向けて、風を切る音よりも早く、カナタは棍を突き出した。
柔らかい、と見える姿勢から、瞬間で繰り出されたそれは、鈍い音を立てて、彼の眼前に立った男の喉元を、深く抉り。
「斬らずとも、幾度となく打ち据えずとも。人は殺せる」
喉を潰され、呻くこともなく動きを止めた男より得物を引いて、相手が倒れるよりも早く、今度は左右を一度ずつ、棍で突いた。
すれば、じりじりと彼へと近付いていた左右の男達が一人ずつ、水月を抉られて倒れ。
「後、五人」
続けざま、振られた棍の一閃で、こめかみ辺りを砕かれた男が二人、崩れ落ちた。
「…………三人」
──────ほんの、数拍の間が過ぎる間に。
立ち位置を、殆どずらしてもいない相手に、五人もの男達が倒されて、未だ、生き残ってはいる三名は、蒼白となる。
「………………化け物……」
そんな、呟きさえ洩らして。
「化け物? ……『残念ながら』、僕は未だ。人の領域にいる。…………何故なら」
が、彼は。
何一つとして、その風情を変えず。
再度、強く振った天牙棍で、頭目の両脇を固める二人の男の『三日月』を砕き、倒れ伏していく男達の、首を折り。
「たった、七人を倒すだけで。これだけの時間が掛かる。だから僕は未だ、人の領域にいる。…………こんなもの。到底、化け物だなんて言えない」
最後の一人となった頭目へ、口惜しそうに、カナタは語った。
「……………これだけの、時間…………? 七人も、棍で瞬殺しておいて、これだけの時間……?」
五人目の男が倒されるまで。
誰一人、言葉一つ発する間もなかったのに。
なのにカナタはその僅かの間を、『これだけの時間』、と言い。
『こんなものは到底』、と言い。
歯噛みをするような素振りさえ、覗かせたが故。
たった一人残った彼は、目を見開いて、呆然と、微塵の揺らぎさえ見えない、カナタの漆黒の瞳を見詰めた。
「……『伝説の英雄様』ってのは、尾ひれなんかじゃないってことか……。父親を殺してまで、赤月帝国を滅ぼしたのは、伊達じゃあねえよな…………」
未だ一応は、カナタを揶揄するゆとりがあるのか、声を震わせながらも彼は、手にした剣の柄を、両手で握り直し。
腰を若干低くしたような構えを取った。
「父上を殺して、故国を滅ぼして。…………だからどうだと? お前の目には、化け物じみて映る僕のこの技同様、化け物の所業だとでも? それも又、人の範疇なのに。──人が人である限り、人は、何処までも人で、人の範疇を超えたりなぞしない。……………でも、僕は。『そこ』に留まる訳にはいかない」
────男の揶揄に。
カナタは、ぽつり……と言った感じで、そう呟くと。
半眼では、男が構えた剣の切っ先のみを見詰め。
深く吸い込んだ、呼吸を止めて。