セツナの話を一通り聞き終えた後、カナタがしたためた書状持って、クレオが大統領府へと遣いに出たので。

代わりに、と茶の後片付けをしに台所へとセツナが席を外した隙に。

ジト……っとカナタは、残る四人の面を軽く睨んだ。

……最初から彼は、おかしいな、とは思っていたのだ。

この家の玄関を、セツナが潜った時より。

ずらっと並んだ『お供』の姿を一瞥して、おかしいな、と彼は。

──セツナが、グレッグミンスター詣でを始めて程ない頃に、一人ではバナーの峠を越えない、と云う約束を、彼はセツナにさせていて、言い付け通りにセツナは、たった一人であの峠道を……と云うことはしなくなったけれど。

カナタが、同盟軍の居城に入り浸っている、と云う事情や、通い慣れ過ぎた、と云う事情も手伝って、大抵の場合、ビクトールとフリック、とか、青と赤の元騎士団長達、とか。

そんな程度の人数で、セツナは黄金の都へとやって来ていたし、一人じゃなければ約束破りにはならないもん、と、時には『幼馴染み』であるムササビのムクムクと二人きりで……、などと云うことすら仕出かすのに。

今日に限って彼は、常の倍のお供を連れ立ってやって来た。

しかも。

どう見ても、数多いる宿星達より、三年前のトラン解放戦争経験者を意識して選んだとしか思えぬ──それも、未だに『元・軍主』を慕って止まない解放戦争経験者の中でも、群を抜いて、カナタと折り合いが良いと云うか、カナタが動かし易いと云うか、カナタの言うことにはあっさりと折れ易いと云うか、な面子ばかりが雁首を揃えていたのだ。

これは何かあるな、と、良く知る四名の顔を一瞥した瞬間から、カナタはそう思っていて、と云うことは、全員、ここに来るまでの間に、セツナが僕に噂の話を切り出すのを知らされていたね? とも想像し。

「良くもまあ、セツナに丸め込まれたまま、僕の前に顔を出せたねえ?」

軽く睨んでやった彼等へと、彼はそう言い放った。

だが。

「別に問題ねえだろ? 事実、あいつは強いんだし。俺達だって付いてるし。何より、お前もいるしな。よっぽどのことをする、って言い出さない限りは、平気だろ」

カナタの視線にも臆さず、ビクトールはそう返し。

「セツナに逆らえると思うか? 俺達が……」

「そうそう。カナタだって、結局は折れたくせにさ」

フリックとシーナは身を寄せ合って、なあ? ……とか何とか、ごにょごにょ言い合い。

「僕はあのお馬鹿に、強引に巻き込まれただけ。何がどうなろうと知らないし、興味もないね」

フン……とルックは、そっぽを向いた。

「揃いも揃って……。……まあね、あの子が言い出したら聞かないって云うのは、僕も重々、承知のことだけど。少しは、セツナのこと止める努力、見せてくれてもいいんじゃないのかい? あの子が危ないことする度に、僕の機嫌が悪くなるの、知ってるくせにね」

だからカナタは、困ったものだ……と、曖昧な笑みをその頬に刷き。

「良く言うぜ。昔のお前だって、セツナと大差ないことばっかり、してただろうが」

ケロッとした声を放ってビクトールが、カナタのそんな表情を受け止めた。

「僕が、何時何処で、そんなことをしたって?」

茶化してくるような声音で語り掛けて来た、熊の如き風貌の傭兵へ、カナタは小首を傾げる。

「三年前。この国で。あの戦争の間中ずーーーーー……っと。今のセツナがやってることと大差ないそれを、お前はやってたろうが」

そして、そんなカナタを見遣ったビクトールの声は弾んで。

何時もの、他愛のない『口喧嘩』のようなそれは始まり。

「……そんな覚え、ないけど?」

「都合の悪いことを、忘れる主義じゃなかったよな、お前は」

「当たり前だろう? ビクトールじゃあるまいし」

「なら、忘れてねえだろ? 軍主だったお前さんが、年中俺達のこと、やきもきさせてたのをよ」

「…………ああ、成程。ビクトールは昔、そう思ってたんだ。──でもね、悪いけど、僕とビクトールの間には、認識に対する物凄い隔たりがあるよ。……僕はね、自分には出来ないと思えたことを、試した覚えはない。無茶と無理と無謀は、それぞれ別物。あの頃、僕のことを心配してくれてたと云うなら、それは有り難く思っておくけれど。…………杞憂、って言葉、知ってる?」

「……相変わらず、可愛くねえなあ……。判ってて言うか、そう云うことを」

「それは御愁傷様。可愛いって言葉はね、セツナに使ってあげてよ」

「……はいはい……」

一通り、彼等の『じゃれ合い』が済んだ処で。

「僕に、何を使うんですか?」

トト……っと軽快に階段を上がる音が聞こえたと、人々が思うや否や、パンっ、と食堂の扉が開いて、ひょいっとセツナが顔を覗かせた。

「ん? 何でもないよ。──片付け御苦労様」

マクドールさんの口から、僕の名前が出た気がする──食堂の入口に佇みながら、そんな風にクリッと瞳を見開いたセツナに、カナタは微笑み掛ける。

「いいえ。御馳走になったのは僕達ですし。──それよりも、行きましょ? マクドールさん。バナーの峠越えながら、『一寸した寄り道』して、本拠地戻りましょうーっ」

にっこりと、自分だけに向けられる、『自分専用』の彼の笑みへ、セツナも又、ほわ……と微笑みを返し。

彼は、仲間達を促した。

…………やれやれ、とか、本当に平気か? とか口々に言いながらも。

号令に従って、人々は腰を上げる。

「カナタ?」

──そんな中。

先頭を切ってマクドール邸を後にしようとしている『小さな盟主』の背中を見遣りつつ、ビクトールがそっと、カナタを呼び。

「……何?」

「セツナがな、やろうとしているようなことなんざ、した覚えがないって言い張るお前からしてみたら、今日のあいつの魂胆は、どれだ? 無茶か? 無理か? 無謀か?」

呼び掛けに答えて、ふっ……と振り返ったカナタへ傭兵は、静かに問い掛けた。

「…………ま、正直な話、無茶でも無理でも無謀でもないとは思うけどね。掛け値無しに、セツナや僕達だけでは手に余ると思えるなら、例えセツナの言うことでも、僕は折れないよ」

「なら、最初っから素直に、セツナの言い分、聞いてやりゃあ良かっただろうが」

「ビクトール? 理性と感情も、又別物」

「……何だ、何時もの過保護かよ……。心配なんざ、するんじゃなかった…………」

────セツナの、どんな『我が儘』にも、二つ返事で頷いてみせるカナタが、今日に限って、首を縦に振るまで随分と粘ってみせたから。

何か事情でも……? と、内心では思っていたのだろうビクトールは、その時、その問い掛けをしたのだけれど。

カナタから返って来た答えは、何時も通りの物で。

阿呆らし……と、しんがりでマクドール邸より踏み出した傭兵は、後ろ手で、パタリと玄関の扉を閉ざした。