バナーの関所で馬車を降りて、そこまでの付き添いだったバルカスに、カナタが、少々の時間を掛けて、何やら伝え終えた後。
一行は、通い慣れた峠道を辿り、バナーの森の中にひっそりとある、ロッカクの里がある辺りで、木立の中へと踏み込んだ。
生い茂る緑を、時には枝を、ガサガサと鳴らしながら暫し進み。
道なき道を辿って、途中。
「じゃ、行ってきまーーーすっっ」
ぴたり、と立ち止まったセツナが、一同を振り返って、ブンブンと元気に手を振った。
「気を付けてね」
楽しい、ピクニックか何かに出掛ける時のように、朗らかに言って退けた彼へ、カナタは苦笑いを返し。
セツナの頭から金輪を取り去り、肩より、黄色のスカーフを剥いで。
ほんの少しだけ、小首を傾げて悩んだ後、外したスカーフをもう一度、手ずから少年の襟元に巻き、その殆どを、服の中へと押し込んだ。
「へーきですか?」
「装い方変えるだけで、人の印象って変わるから、平気だと思うよ。それ取っちゃうと、胸許丸見えだしね」
────頭に金輪を嵌めて、肩には黄色いスカーフを付けて、と。
世間に伝わっている、『同盟軍盟主』の装いをしたままでは、セツナの正体がばれるかも知れないからと、そこから先へ進む際には外しておくことになった、二つの物の内の一つを返されて、セツナは僅か、戸惑ったような顔になったが。
付け方が違うから大丈夫、とカナタは笑う。
無いと、寒そうだしね、と。
「そーゆーものですか? まあ、マクドールさんがそう言うんなら、そうだと思いますけど。──それじゃ、後宜しくでーす」
故にセツナは、眉間に皺を寄せたけれど、貴方がそう言うなら……と。
今日の荷物の中に放り込んで来て、やはり、カナタに着せ掛けて貰った茶色のマントにすっぽりと収まった姿で、トト……と、木立の中へ消えた。
「…………さてと。数分待って、追うよ」
──初冬と云う季節でも、緑褪せぬ針葉樹の葉。
焦茶色した太い幹。
生い茂る薮。
幾重にも重なり合うそれらの影に、セツナの姿が完全に溶け込むまでを見送って、カナタは仲間達を振り返った。
「本当に、数分も待って平気か?」
すれば直ぐさま、最初に視線のぶつかったフリックに、そう問われたけれど。
「問題ない。僕にもルックにも、セツナの紋章の気配が追えるから。それに、あの子の足がどんなに早かろうと、森の中を行くのだから、速さなんて知れてる。あの子は真直ぐ、坑道跡を目指す訳だし。方向音痴じゃないから、迷う心配もない」
大丈夫、と低い声で彼は告げて、何かを数えるように、微かに幾度か、爪先で大地を蹴った。
「ここから先は、僕の家で打ち合わせた通りに。予想外のことがあったら……まあ、臨機応変に。国境の警備に付いてるバレリアとアニタ達に、峠道の方の巡回を頼んで来たってセツナ言ってたから、後ろは気にしなくてもいいこと、分ってるね? ────それじゃ、後で」
トントン……と、律動を持たせた爪先で、大地を叩いていたのは、時を計る為のそれなのだろう。
何度かそれを繰り返した後、カナタは、くるりと全員の顔を見渡し、何時も付けている、若草色のバンダナを外しながら、真直ぐ、セツナの消えた方角へと歩き出した。
「さーーて、行くとするかあ……」
人が、森の中を進む速度なんて高が知れてるって言ったのは、誰だったかねえ……と。
あっと云う間に掻き消えたカナタの背へ、シーナが肩を竦めた。
「……ま、あいつだからな」
やれやれ……、そんな仕種を見せたシーナへ、ボソッとフリックが言った。
が、それより先は黙りこくって、シーナとフリックの二人は、セツナやカナタが消えた場所よりも、左手に位置する木立の中へと入り込んで行く。
「気ぃ付けろよ」
黙々と、昼尚暗い森の奥へと進んでいく二人へ、ビクトールが一声掛けて。
「さっさとすれば?」
余裕、あるじゃないかと、ルックは彼を一瞥し、さっさと、右手の茂みへ踏み込んだ。
「…………なあ、ルック。お前さんは何時まで経っても、その喋り方直らねえなあ」
「……何か、文句あるワケ……?」
「いや、別に」
「だったら、黙れば? 鬱陶しい」
へーへー……と。
先んじてしまったルックの後を追い掛けて、ビクトールも又、茂みへと分け入り。
ルックの寡黙さよりも、ビクトールの天性の賑やかさの方が勝っていたのだろう、左手へと消えて行ったシーナとフリックよりも若干騒々しく。
彼等も又、セツナの後を追った。