詰所跡だと思って潜り込んだ廃屋は、実際には詰所の跡などではなく。
一言で言えば、監獄のような施設跡だった。
「……それもそっか。強制労働の場所だったんだもんねー」
一階建てに見えたその建物跡は、思いの他広くて、地上部が一階建ての代わりに、地下が幾層もあり、一通り内部を彷徨いてみたセツナは、ここが、かつては何の為に使われていたのかを悟って、でも、何もない……と、がっくり項垂れた。
「本気で外れかなー……。つまんないの。……ああ、もう。お城に帰るの遅くなった挙げ句、無駄足踏んでた、なんてのばれちゃったら、シュウさんやナナミに、お説教喰らっちゃう……」
肩を落とし、更には、本拠地で自分達の帰りを待っているだろう正軍師のシュウと、義姉のナナミに落とされるだろう雷のことを考え、彼は若干青褪める。
恐いもの知らずの感が強いこの少年も、お小言だけは苦手なようで、頭の片隅にて少々真剣に言い訳を考えながら。
「あ、そう云えば、この奥覗いてなかったっけ……」
未だ、見回っていなかった部屋があったな、と、一階の最奥に当たる区画を、何の期待もせずに彼は見て廻った。
「………………えっ?」
が、埃を立てながら、根太の傾き始めた廊下を歩き、何の気配もしないし、どうせ鼠一匹見付けられはしないだろうからと、気のない素振りで痛みの激しい扉の一つを開け放った直後、彼は突然声を上げた。
「……君……?」
確かなことは言えないけれど、雑多な荷物を適当に放り込んだまま放置された雰囲気の、多分、倉庫か何かに使われていたと思しき部屋に、一つだけある小さな窓から射し込む夕暮れ時特有の、覚束ない明かりの中、ボロ布の山の中に、隠れるように埋もれていた子供の姿を見付け、驚きの声を放ったセツナは、見付けた子供に駆け寄った。
「お兄ちゃん……誰……?」
タッ……と寄って来たセツナを見上げた子供は、『小さな盟主様』、と云われることすらある彼よりも尚幼く、歳の頃にして、バナー村の宿屋の少年、コウといい勝負、と思しき子供は、セツナへ向けて恐る恐る、お兄ちゃん……? と話し掛けて来た。
「え……っと……お兄ちゃんは、セ………。その………あー……、迷子、なんだよね……」
そろそろと見上げてくる子供に問われ、うっかり自分の名を告げそうになり、でも、それも良くないかなあ、と飲み込み。
ははっとセツナは誤魔化し笑いを浮かべ。
「君は? 君はどうして、こんなトコに? 君も迷子?」
逆に、問い掛けてみた。
「あのね…………」
すれば子供は、のそのそ、ボロ布の中から這い出て。
「あのね、お姉ちゃんがね…………」
きゅっと、しゃがんでいるセツナのマントの裾を握り締め、ポロポロと泣き出した。
「……どうしたの?」
「…………山でね、お姉ちゃんと遊んでたらね、変なおじさん達にお姉ちゃんが連れてかれてね、僕、それ見ててね……。どうしたらいいのか分からなくって、でも……って後追い掛けて来たら、こんな所に来ちゃって……。けど……お姉ちゃんも変なおじさん達も消えちゃって、僕、どうしたらいいのかホントに分からなくって…………っ。お家、帰りたいけど帰れないし、お姉ちゃん、居ないしっ……。恐くって……隠れようって思って……っ……」
わわ……っと、泣き出した子供を慌ててセツナがあやせば、少年は、ぐずぐずと啜り泣きながらも事情を語り。
「そっか……」
やはりこの廃虚の何処かに、山賊達はいるんだと、そんなことを頭の片隅で考えながらセツナは、さてどうしよう? と悩み始めた。
一先ずは、見付けたこの子を連れて、この場所を離れてもいいけれど、少年の姉は攫われたらしいから、それを放っておくもの嫌だし、かと云って、この子を連れて、この子の姉を捜し廻る訳にも行かないし……と。
困ったな……、そんな感じで、セツナは小首を傾げたが。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん…………」
自分のマントの裾を掴み、泣きながら姉を呼び続ける少年の姿が、今よりも幼かった頃の自分や、バナー村の少年、コウに重なって。
「…………じゃあ、僕が探して来てあげるよ。もう少し、一人でここに居られる? 直ぐ、戻って来るから。我慢して?」
思わずセツナは、少年に、そう告げてしまった。
「……ホントに……?」
「うん、ホント。──どの辺で、お姉ちゃんや変なおじさん達、消えちゃったか判る?」
「えっと……………ええっと………。山の方……」
「山? 坑道、かな……。──ん、じゃあ待っててね」
少年が姉を見た最後の場所は何処か、それを尋ね。
隠れているんだよ、と諭し。
ひょいっと立ち上がって彼は、足早に廃屋を出た。
外に出てみればもう、夕暮れ時さえも終わってしまいそうな頃合いだと知れたけれど。
「誰かの所に一度戻った方がいいのかな……。でも、一寸覗いてくるだけだし……。遅くなるとあの子、又泣きそうだし……」
一人で坑道に向かっても大丈夫だろう、そもそも、山賊に出会すことが本来の目的なのだから……と。
タタ……っと彼は、幾つか有る坑道の入口を目指し、走り出した。