…………そういう訳で。
晴天の秋の日にやって来た、突然且つ予想外の訪問者であるクルガンとシードの話は、クラウスよりシュウへと伝わって、シュウよりセツナとカナタへ伝わって、二人が城門を潜ってより一刻半程度が過ぎた頃、本当に本当にあっさり、セツナと面会したいとの彼等の希望は叶った。
────対面の場とされたのは、以前、和平交渉を申し出るべくその城を訪れたことがあるクルガンには見覚えがあった、本棟二階の議場だった。
以前は只の議場でしかなかったが、現在、そこにはセツナの為の玉座が据えられており、国王陛下への目通りの場としては、まあ、妥当とは言えるが、却って、クルガンもシードも、「こんなに呆気なく、しかも玉座の間での対面が叶っちゃっていいのかなー……」と、通された瞬間から恐縮してしまった。
だがしかし、何とか気張って踏み込んでみた室内の玉座には、ばっちり正装で身を固めたセツナがちんまりと座しており、彼の右脇の、急遽設置されたと思しき椅子には、故郷の様式に則った正装姿の、トランの英雄殿が無駄なまでに優雅に腰掛けていて、左脇の椅子には、一分の隙なくぴっちりしている宰相殿がおり、その両脇を、キバとクラウス親子が固めていたので、「あ、良かった。流石に順当っぽい」と、思わず二人は胸を撫で下ろす。
…………なのに。
「お久し振りでーす、クルガンさんにシードさん。元気そうで良かった。でも、流石に、ちょっぴり痩せちゃったみたいな感じ……?」
かつての敵なれど、今は一国一城の主である彼に、クルガンとシードが礼に適った態度を取ったり口上を述べたりするよりも早く、「やっほーー!」と、国王陛下御自らに、どーしよーもなく友好的な態度で、ひらひらと手を振りつつ話し掛けてこられて、二人の膝は萎え掛けた。
「…………陛下っ」
「えー、いいじゃない。知らない人達じゃないんだし」
「だから、余計に悪いんですっ。相手は、ハイランドの将だった者達なのですよっっ」
「んもーーー! シュウさんは、すーぐ、そうなんだから……」
「当たり前ですっっ。大体、貴方は何故、今日の今日まで、あの戦いの折、彼等を見逃したことをしらばっくれておられたのですかっっ」
「……そんなこと、一々言わなくったって、シュウさん、知ってたでしょ?」
「…………それはまあ、そうですが」
「だったらいいじゃない。シュウさんのいけず」
勢い、玉座の間の直中で膝折りそうになった二人とセツナを見比べ、シュウが小言を発したが、セツナは何処吹く風で宰相殿のお小言を躱し、
「まあまあ、二人共。話、進まないよ。────で? クルガンとシードだったね。半年も前に消え去った亡国の将だった貴方達が、一体、セツナに何の用かな。そちらにだって、この城に一歩でも踏み込んだが最後、その首刎ね飛ばされても文句は言えない程度の覚悟はあるんだろう? それでも、おめおめと顔見せに来た理由は? セツナに救われた命、わざわざ捨てにでも来た? そういうことならそういうことで、僕は構わないけれど。忙しいセツナの手を煩わせたら可哀想だから、そちらには申し訳ないけれど、僕が相手をしてあげてもいいし?」
はい、そこまで、とセツナの柔らかそうな頬──実際、むちむちに柔らかい──を、むにーーー……と抓り上げることで国王陛下と宰相殿の低次元な言い合いを止めてから、小さな嫌味を言葉の端々に絡めつつ、カナタが二人を見下ろした。
すらりと伸びた長い脚を、ゆったり……と組んで、椅子の肘掛けに両腕を預けつつ下座を眺め下ろす彼の姿は、セツナよりも遥かに王者然としており、面は綺麗に笑んでいるが、その漆黒の瞳はこれっぽっちも笑ってなどおらず、到底抗い難い何かが漂っていて。
「怖えぇ……。下手したら、ルカ様より怖えぇ……」
「……シードっ」
大分以前の己達の主、ルカ・ブライトとは又別種の恐怖を痛いくらい感じる……、と心のまま洩らしたシードを、クルガンは嗜める。
「…………だってよ……。つーか、何でこの場にトランの英雄がいるんだよ。関係ないだろ?」
「それは、まあ……そうだが……」
「知りたい? 知りたいなら教えてあげるよ。君達が、セツナとの対面を望んだ理由なんか言われなくとも見当が付くけど、一応ねえ、ほら、そちらは敵だったから? 護衛って奴? 例え、不届きな企み秘めてここにやって来ているのだとしても、君達じゃセツナには勝てないだろうってのも判ってるけど、僕が付き合えば、何が遭っても、そちらがその腰の物を抜くのすら許さないで済むしねぇ」
それでもシードは、抱えた正直な気持ちを呟きたかったらしく、ぶつぶつと小声で言い続けて、彼も、彼を嗜め切れなくなったクルガンも、カナタは、一纏めにいびり始めた。
「カナタさん……。あんまり、二人のこと苛めないであげて下さいね」
「……おや。セツナ、僕は彼等を苛めてる訳じゃないよ? 温情故の態度。どうせなら、初手に思い知らせてあげた方が親切だと思わない? 今も昔も、君を相手に下らないこと企んでみたって無駄だってことも、どの意味合いに於いても君に手を出したら僕が只じゃ置かないってことも、僕や君の本性も。骨身に沁みるのは早い方がいい。どうせ、付き合いは続くのだしね」
「…………カナタさん。だとしても、カナタさんのそれは、世間では苛めって言います。僕、知ってます。────でも。クルガンさんもシードさんも、少しでも早く慣れてね?」
恐らく、心の底から楽しみつつ二人をいびっているのだろう彼を放っておいたら、苛めの度が増す一方だからと、セツナが留めに入ったが、カナタはいけしゃあしゃあと主張を振り翳し、「カナタさんの言ってること、嘘じゃないしなあ……」と、ケロっとセツナは、クルガンとシードを見遣った。
ほんわりほわほわな笑顔付きで。
「付き合い…………?」
「え、慣れる? 何に? ってか、何が?」
────自分達は、今、世の中では絶対の英雄視されている、名高きトランの英雄に、ねちねちといびられているらしい、というのは解る。
彼の、小姑じみたいびりから、事も有ろうにセツナが庇おうとしてくれているのも解る。
でも、それでも、二人が言っていることの意味が、全く、これっぽっちも判らない…………、と、頭を抱え始めたシュウやキバやクラウスを無視し、ぽんぽん言い合っているカナタとセツナを見比べて、クルガンとシードは、盛大に、きょとん……、と首を傾げた。
「噂。聞いたんでしょう? ハイランドがハイイースト県って名前を変えて、正式に、僕達の国の一部になるって噂。まあ、本当のことなんだけど」
「だから、のこのこやって来たんだろう? 恐らくは、ハイイーストやハイイーストの民達に関する嘆願をするつもりで。セツナが、彼の地や、彼の地の者達を虐げたりする筈ないと判ってはいても、ここを訪れずにはいられなかった。……そんな処かな。だから、付き合いは続くと言っているのだけれどね」
「ええっと……。えっと………………。……クルガン、どーゆーことだ……?」
「さあ…………」
「……あれ。もしかして、シードさんもクルガンさんも忘れちゃってる? 僕、ルルノイエのお城で言ったよ? 行く先がないなら、僕達のお城に来てくれて構わないー、って。……見た感じ、二人揃って当てのない旅するしかないですー、って様子だし。折角来てくれたんだもん、この先、この国のこと、色々手伝ってくれるよね? だいじょぶ、お給金もちゃんと出るから!」
が。
セツナもカナタも、「あ、話通じてない。ヤだねー、鈍くて」と、態だけは内緒話の如く、しかし声は大きく、ご近所の主婦の井戸端会議のように言い合って、けらけらと笑ってから、漸くセツナが、クルガンとシードは、所詮その場凌ぎで告げられたのだと思っていた『古い話』を持ち出した。