「あっははははは!」

……と。

その席に着くや否や周囲を見回して、豪快に笑い出したビクトールへ。

「笑い事じゃありませんよ、ビクトールさん」

クラウスは、苦笑を浮かべた。

「悪い。……判っちゃいるんだがな、笑ってる場合なんかじゃねえ、って。でもな、こうして居並んだ面子眺めてると、まるで、あの頃みたいでな。……っとに、どいつもこいつも、人が良過ぎていけない」

しかし、嗜められてもビクトールは、中々笑いを収めようとはせず、ここにいる連中は誰も彼も、同じ穴の狢かと、そう言い放った。

「同じ穴の狢とは、聞こえが悪い」

「そうそう。その歳になっても厄介事に首突っ込んで歩いてるようなあんた等と、あたしは一緒にされたくないねぇ」

クツクツと、喉の奥で笑い続ける彼に、個人的に、との名目で、トランよりやって来たバレリアや、偶然彼の国に滞在していて──何故かと言えば、相変わらず決着の付かないバレリアとの勝負を再び行う為に──、バレリアに引き摺って来られたらしいアニタの二人は、睨みを送る。

「……俺も、こいつとは一緒にされたくない」

そんな彼女達へ、ビクトールと一纏めにされたフリックは、ブスっと不機嫌そうに言って。

「そんなこと、言ってみたって無理だろうさ。お前さん、相変わらずビクトールと二人、当てのない旅っての、してるんだろう? それだけ長く、その風来坊と付き合えるんだ、お前さんもそいつと、同類ってことさ」

「あー、言えてますね。似てるんでしょうね、ビクトールさんとフリックさんは」

彼等の着いている席の向かいで、余り行儀の宜しくない姿勢をしていたタイ・ホーが、弟分のヤム・クーと二人、フリックを揶揄した。

「そういうお二人も、相変わらずのようで」

「そうだな。トランからわざわざ、来て下さったのだし」

「なぁに、久し振りに川を上ってみたら、たまたまこの騒ぎに巻き込まれただけさ。なあ、ヤム・クー?」

「…………ええ、そうですね。たまたま。……ええ、たまたま」

ケラケラとフリックをからかい出した、トラン出身の漁師達へ、おやおや、とカミューとマイクロトフは視線を投げ掛けたが、タイ・ホーはのらりくらりとした調子で笑んでみせるだけで、そんな兄貴分へ、ヤム・クーは、酷く、奥歯に物の挟まったような言葉をぶつけた。

「……何時までも騒いでるんじゃない。皆、いい歳になったんだから、少しは大人しくして見せろ。今、テレーズ大統領が来る」

テーブルや椅子の並んだ議場の中で、人々が、そんなやり取りをしていたら、両開きの扉が開いて、今尚親衛隊長を務めているオウランが、顔を顰めながら姿見せた。

「おう、オウラ──

──十一年経っても、体型変わらないねぇ、オウランさん」

入室して来た彼女へ、入口近くの席だったビクトールが、よお、と言い掛けたが。

その声は、彼女の後ろから、すっと入室して来た男──シーナに遮られる。

「……………………お前も、変わらないな。その、軽薄さ加減」

「……軽薄って。酷い言われようだな……」

「そうか? あながち間違いではないと思うぞ。お前の浮気が元で、『奥方』に、三行半を突き付けられたとの噂を聞いたが?」

「…………すいません、止めて下さい、その話……。……何だよ、デュナンにまで伝わってんのかよ、俺の離婚の話…………」

フリックと、大して変わらない年齢になったと言うのに、あの頃より微塵も変化ない、豊満な体付きをしているオウランを、やって来たシーナは、目尻をだらしなく下げつつ眺め。

臆することなくオウランは、肘鉄を食らわせるよりも痛むだろう『言葉』を、シーナに投げた。

「あ、じゃあ、あいつはいないのか? 何だ、お前が来たから俺はてっきり、夫婦漫才が見られるのかと思ってたのに」

オウランの科白を聞き終えて、冗談とも本気とも受け取れる口振りで、しみじみフリックは言い。

「いない……と思うよ。多分ね。今頃、マッシュんトコの親戚連れて、伝記書く為の旅でもしてるんじゃないのかな」

「マッシュの親戚? 親戚なんて、いたのか?」

「あれ、皆知らないんだ? ──ほら、レオン、憶えてるだろ? レオン・シルバーバーグ。……レオン、孫がいるんだよ。アルベルトとシーザーって、男の孫が。…………あー、もー、あそこん家の話は、止め止め。俺は、デュナンのこと気に掛けてる風なオヤジの代わりに来ただけだしさ」

複雑な顔をしながらシーナは、自ら語らずともいいことを、ついつい語ってしまって、馬鹿だ……と、小声で自身を罵った後、するっと、バレリアの隣に腰掛けた。

「お前が来るとはな……」

己が座るのは女性の隣、が信条の彼を、少しばかり顔顰めつつ見遣って、バレリアは小さく言った。

「そう? 意外? でももっと、意外なのがいるぜ?」

「もっと意外?」

「ああ。俺もさっき、中庭で見掛けたんだけどさ。フェザーと、フッチが乗って来たらしい白竜──多分、ブライトだと思うけど、何処からどう見ても、立派過ぎるくらい立派な竜だったから、『多分ブライト』、と。懐かしそうに『話してた』バドさんに混ざって、マミムメモー、なムササビ部隊が、遊んでたよ」

すれば、俺なんて未だ未だ、とシーナは破顔し。

「……ムクムク達が?」

「そ。ムクムク達が。…………あれ、なんじゃないかな。ムクムク達もさ、人間の言葉は解るからさ。ハイイーストや『ここ』の噂聞いて、『あいつ』に逢えるんじゃ、とか思って、やって来たのかも」

ムクムク、の名に、目を見開いたリドリーへ、彼は、思うことを告げた。

……と、途端。

賑やかさと懐かしさだけに包まれていたその部屋に、痛い訳ではないけれど、胸の奥底に触れられてしまった時のような、そんな沈黙が降り。

「…………あー、その……」

シーナは、口籠る。

──────シーナとて、何も思わず、何も考えず、『あいつ』と、そう言った訳ではないが。

確かに自ら口にしたくて、舌の根に乗せた言葉ではあったが。

マズかったかな、と。

彼は上目遣いで、周囲を見回した。

……彼のことを、思い起こさせない方が良かった、と、シーナは決して思っていない。

あの彼も、彼を溺愛して止まなかった彼も、もうこの大陸には多分いないけれど、彼等の存在は現実であって、あの頃本当に、己達の前にいて、何時でも笑っていた。

…………懐かしく想いこそすれ、その頃のことを、今となってはもう、兎や角言うつもりはない。

統一戦争終結から三年後、黙って二人が消えてしまったことも、今となっては、もう。

但。

一言で言うならば、彼と『彼』は、そう、郷愁のようなモノであって。

遠く離れていても、ふと手を伸ばしたくなる、郷愁の思いに似たモノであって。

そして、憧憬であって。

本当に、ふと。

そこに、深い意味を与えることなく、「どうして、ここにいないんだろう」、と感じてしまうモノであって。

「…………………もう、六年前、になるか。なあ、フリック?」

「……ああ。もうそろそろ、それくらいにはなるな」

沈黙の発端となったシーナまでが、黙りこくってしまった後、それを払うように、ぽつり、ビクトールとフリックが言い出した。

「何が?」

「無名諸国の方、彷徨いてた時に。……偶然、逢った。カナタと、セツナに。…………元気だった。例の調子で、兄弟みたいに、馬鹿言い合いながら。元気に、旅してた」

二人が告げた月日に、誰かが、それは何だと問えば、ビクトールははっきり、カナタとセツナの名を出し。

「相変わらず、やることは過激で、何考えてるか良く判らなかったが。……でも、何時も通りだった」

相方の言葉を受け継ぐように、フリックも。

「お待たせ致しました」

──故に、人々が。

旅の途中、偶然彼等と巡り逢った、そう告白した傭兵二人へ、言葉を掛けようとした時。

再び議場の扉が開いて、テレーズが、やって来た。