噂を聞いて馳せ参じて来た、懐かしい顔ぶれが、湖畔の城に揃ってより二、三日の間は。
誰も彼も皆、『楽しそう』に忙しなくしていた。
とっぷりと日が暮れた後、ハイイーストへ向う準備の為に、一日駆けずり回った疲れを吹き飛ばしつつ、久し振りの顔と、懐かしい話をしようと、そう考えた者達で、レオナの酒場は一杯になって、高く強い笑い声は、夜半過ぎまで消えなかった。
商人や職人達が占めている一角は、この数年の間で一番の活気を見せて、己の領分の世界で、デュナンの為にと働き。
鍛冶屋のテッサイが、ビクトールを捕まえて、「星辰剣殿は?」と執拗に追い回したり、以前にも増して商売熱心になった、防具屋のハンスや交易商のゴードンが、昔馴染みの者達と、安くするだのしないだの、商売と情は別物だの、とやり合う一幕も見られた。
ヨシノやバーバラやヒルダ達女衆は、粗野な男達の世話を焼いて歩いたり、医務室を訪れて、戦いになれば必ず出てしまうだろう、負傷者への対応に関する指示を、ホウアンやトウタに仰いでいた。
肝心の、戦いの支度の方も、順当に進んでいて。
男も女も、老いも若きも、戦士として戦える者達は、テレーズの立場を悪くしない為にと、自身達は良く知らない、戦争後その職に就いたらしいテレーズの側近や、クラウスの部下達に一応の気を遣って、現在デュナンに籍を置く者と、そうでない者とに分かれて、籍を有する者達は国軍の一員として、有さない者達は傭兵として、それぞれ属する部隊を定め、己が部隊の者達との打ち合わせその他に余念なく。
テレーズやクラウスや、クラウスの部下に、ハウザー、リドリー親子、ジェスにフィッチャーにフリード、それらは、夜が更けても、本棟二階の議場にて、時には喧嘩腰の怒鳴り合いすらしながら、どのように、ハルモニア辺境軍をデュナン領内から叩き出すか、を話し合った。
…………その、幾つかの光景は、本当に、『あの頃』が戻って来たかのようで。
何も彼も、あの頃のように、ではなかったけれど。
あの頃は確かにあったモノが幾つか、そこにはなかったけれど。
それでも仲間達は、『あの頃』のように、もう一度。
ある者にとっては故郷であり、ある者にとっては愛した人の故郷であり、ある者にとっては想いも憶いも深き場所である、この国の為に。
『あの少年』が、愛し、血を流し、痛みを覚え、命を削りながら、守り、造り上げた国の為に、…………と。
そう思いながら。
めまぐるしく過ぎる、数日を。
────ハイイーストへ赴く支度を始めてから、三日目の夜。
「タイ・ホー達は? どうした?」
前夜も、前々夜も、レオナの酒場に集った面子が、今夜は少し足りないなと、円卓に着いていたビクトールは、ジョッキ片手に辺りを見回した。
「さあな、俺も知らん」
と、丁度そこへ、あー、終わった終わったと、数が足りなくなりそうな軍馬を何とかする為、カミューやマイクロトフと三人で奮闘していた手配を終え、戻って来たフリックが、その辺にいるだろう? と。
ドスリ、相方の横へ腰を下ろした。
「シロウさんトコだよ。チンチロ、チンチロ」
すれば。
疾っくに成人を果たしているが故、酒場で一杯、とやっていた、かつての少年達──チャコやフッチやサスケ達が、タイ・ホーやヤム・クーやシーナは、シロウの賭場に行った、と二人に教えた。
「……好きだなー、あいつらも……」
「単に、酒よりも博打、なだけだろ。俺やお前は、博打よりも酒、なだけで」
「…………まあ、そうとも言う」
「処でお前、星辰剣の代わりは調達出来たのか?」
「ああ。テッサイに無理言って、新しく叩いて貰った。心配すんな。それよりも、馬の方は?」
「……何とか、な。正直、もう少し揃えられたら、とは思ったんだが」
「…………そうか」
「あ、でも。いい知らせもあるぞ? ──ツァイがな、カミさんとトモ拝み倒して、来てくれた、って。そこで擦れ違ったフィッチャーに教えて貰った。火炎槍、見てくれるそうだ」
「え、未だ使えんのか? あの槍」
「ドワーフの秘術で拵えた品だぞ? お前みたいに錆び付かせなきゃ、壊れない限り使える。──だから、ここの火炎槍が全て使い物になるなら、軍馬の頭数が若干足りないの補っても、釣りが来るさ」
飲み仲間の一部が、博打に興じに行ってしまった、と知らされて、ならば、と、深い腐れ縁で結ばれた彼等は、二人きりで飲み始め。
挑む、戦絡みの話を始める。
「……そうだ、フィッチャーで思い出した。……あいつが独断で、ラダトに顔出した、って、知ってるか? フリック」
「それなら聞いた。ここに詰める前、先にラダトに行ったんだろう? 大方、シュウの所に行ったんだろうって噂だが。クラウスなら何か知ってるんじゃないのか?」
「やっぱり、お前も聞いたか。……その噂が本当なら、どうしてシュウは、ってな。気になって、クラウスに直接訊いたんだ。シュウの奴はずっと、周りの想像以上にセツナに肩入れしてたし、ここがあいつの帰る場所だと、そう思ってるだろうから」
「ほう。……それで?」
「…………それがな。フィッチャーが行った時、シュウも、今でもシュウと一緒にいるらしい『あいつ』も、いなかった、って言うんだ。交易の仕事に出掛けたきりだ、と」
「交易? 何処へ?」
「……ハイイースト」
「………………ビクトール。悪い冗談は止せ」
「馬鹿。この話に、今更冗談挟んでどうする。……で。この話には続きがあって。その後改めてクラウス自身も、ラダトに遣いを出したんだと。助言の一つでも、ってな。が、クラウスが向わせた遣いが持って返って来たのは、シュウじゃなく、あいつんトコの使用人からの言伝で、その言伝ってのが、『シュウ様から、ハイイーストでの仕事を終えて、ハルモニアに入ったから当分帰らない、との連絡がありましたので、ご希望には添えないと思います』……って代物だったらしい」
声のトーンを潜めて、至極真面目腐った顔付きで、語り合い。
その果て、ビクトールはそんな『噂』を、相方へと披露した。
「ハイイーストから、ハルモニア、な……」
シュウの噂を聞かされたフリックは、呻き声のようなそれを返した。
「……まあ、あいつが今更、昔みたいな商売人根性出して、ハルモニアでどうこうしてる、とは思えねえから、あいつにはあいつの考え、ってのがあるんだろうがな。兎に角これで、根が真面目なクラウスとは違って、『えげつない』ことも得意なあいつの入れ知恵には期待出来なくなった、ってのは確かだな」
「成程。…………クラウスも立派で優秀な軍師だが、シュウの『悪知恵』は一寸、次元が違うからな。──……ああ、それはそうとビクトール」
「ん?」
「傭兵組の歩兵隊の方に、射手の経験者、いないか? 齧っただけの奴でもいいんだ、ハイイーストへの道中、来てくれたキニスンとエイダに頼んで、無理矢理にでも、扱い方は仕込むから」
「必要だ、ってんなら探しても良いが。又、どうして?」
「……それがな。軍馬集めの最中、俺も、マイクロトフ達から言われたんだ。何とかならないか、って。昨日、軍の上の連中で話し合った時に、そんな話が出たそうだ。……ハルモニアは、魔法大国でもあるだろう? だが今のこの軍には、昔のように、抜群の魔力を誇る魔法使いがいないから。ザムザが仕込んでる魔法兵団だけじゃ、心許ないみたいでな。術者の数が足りないなら、それを弓矢兵団で補う、ってなったらしいんだが、無い袖を振るのは、中々難しくて」
「…………魔法、か。言われてみりゃあそうだな、魔法はハルモニアのお家芸だが、こっちにはもう、ルックもメイザースもビッキーも、いないしな」
「ジーンも、ラウラも、シエラも、カーンも」
「だが、ま。だからって、嘆いてみたり、振り返ってみたりしたって始まりゃしない。何とかなるように、何とかするだけさ」
「……そうだな」
────戦の為の話を始めて。
シュウの噂もしたら、少しばかり雰囲気は暗くなって。
けれど、だからと言って、押し黙ってしまって許される場合ではないから、必要な話を続けてみたら、豊か、とは言えそうもない、内部の『懐具合』が、一つ二つと出て来て。
ビクトールとフリックは同時に、眦に思案を漂わせた。
…………最初から、判ってはいた。
この戦いは、厳しい、と。
尤もそれは、この城に住まう者、再びこの城に集った者、その全てが、最初から理解していたことだったから。
二人は敢えて、それを言葉にはしなかった。