その身の丈に相応しい長さの剣を、両手で掴んで、チラチラと、背後を幾度か見遣り。

「ゲンゲン隊長」

ガボチャは、尊敬して止まない人に話し掛けた。

「何だ? ゲンゲン」

「こんな風になってるのに、どうしてリドリー将軍とボリスさんは、ああなんだろう?」

「……ああ?」

自身に任されたコボルト部隊の副長であるガボチャに、そう尋ねられて。

ゲンゲンは、ガボチャが気にしていた背後を振り返った。

首を巡らせればそこには、リドリーが、脇に息子を従え、腕組みしつつ、微動だにせぬまま立っており。

控えているボリスも又、父に倣ったかのように、正しい姿勢で真っ直ぐ前を向いて、揺らがずにいた。

「リドリー将軍だからだ」

それを見届け、やっと、ガボチャが何を問いたかったのかを理解したゲンゲンは、訳知り顔で副長を見て、胸を張った。

「リドリー将軍……だから?」

「そうだ。リドリー将軍だからだ。リドリー将軍は、コボルトの英雄だ。ボリスさんも、立派なコボルトの戦士だ。だから、ああしているんだぞ。判ったか、ガボチャ。コボルトの戦士は、敵に背など向けないのだ。リドリー将軍は英雄だから、敵など恐れないのだ。絶対に、俺達が勝つと、リドリー将軍にもボリスさんにも、判っているんだ。だからゲンゲン、俺達も、もっと戦うんだ」

「はいっ! ゲンゲン隊長!」

誇らし気な態度で、ゲンゲンがそう語れば、ガボチャは目を輝かせて。

尊敬の眼差しを、ゲンゲンに注いだ。

「リドリー将軍!」

そしてゲンゲンは、改めてリドリーを振り返り、何やらを乞うように叫び。

リドリーはそれに、無言の頷きを返した。

バサリと翼を広げ、咆哮を放ったブライトの背に飛び乗り。

「チャコ、乗って!」

フッチは、大恩ある人、ハンフリーから受け継いだ、大刀ムラサメを振り回しながら、叫んだ。

「おう!」

それに応えたチャコは、右手に掴んだ槍を操りつつ、浮かんでいた宙より、ブライトの背へと飛び移る。

「サスケはっっ!?」

「こっちは平気だ、フェザーがいる!」

「判った! バドさん、後はお願いします! チャコ、行くよ!」

チャコが飛び移った勢いを受けて、ブライトの背が若干揺れたのを感じ、斥侯の役目を終えて、何時の間にか戦場へと戻って来ていたサスケの様子を確かめ、バドに一声掛けて。

ブライトに命じ、フッチは空へと上がった。

友である竜と一体となって、舞い上がったその空には、ブライトに勝るとも劣らぬ大きさの、羽を持った生き物達がいて。

「ブライト!」

彼は、ブライトに炎の息を吐かせ、自身はムラサメを捌いて、地上から放たれる矢を薙ぎ。

白竜の炎に蟲達が怯んだ隙に、チャコは、ウイングホート族だけにある、蝙蝠のそれに似た羽を広げて、ブライトの背より離れ、蟲達の主を、蹴落として行った。

彼等がそうしているその下方では、サスケを乗せたフェザーが、ハルモニアの歩兵隊へと突っ込んで、グリフォンの背を踏み台代わりに、高い跳躍を見せてサスケは、己が得物、蒼流凶星を振り翳した。

フェザーとサスケがそうしている更に下方──大地の上では、バドが、心通じ合わせた魔物や獣達を指揮し、その先頭には、五色のマントを翻して浮かぶ、ムクムク達の姿があって。

「負けられないし、負けるつもりもないけど。一寸きついかなー……」

「何言ってるんだ、チャコ。先は長いのに」

「そうそう。フッチの言う通り。弱音なんか吐いてると、セツナに笑われるぞ?」

「……言えてる」

「疲れたんなら、叫べばいいさ、昔みたいに」

「……昔……の、どれ?」

「あー、あれじゃないのか? 『勝利を我等に!』」

「うん。今サスケが言ったそれ」

「……ああ、あれか。……良い言葉だよな、それって」

昔は少年だった者達──けれど今は、青年になった者達は、口々に、そんなことを言い合った。

流石に、疲れを覚えずにはいられぬと。

覇王七星剣の刃に乗った血を、バレリアは振り払った。

「どうしたんだい? 疲れたのかい? ……歳だから、とか、そんなこと、言い出さないでおくれよ」

彼女の剣と良く似た名の、竜虎七星剣を額の前辺りに翳してアニタは、馬鹿にしているように笑った。

「……酷い顔色をしているくせに、良く口が廻るな。歳なのは、そちらではないのか」

「トランの女将軍様とは、日々の生活の荒くれ具合が違うんだ。一緒にしないでおくれ。……ま、お互い、こんな野暮ったい場所で剣を振り回すのもそろそろ、な頃なのかも知れないけど」

「…………ふむ。やはり、歳だな、アニタ」

「うるさいね。あたしとあんたは、同い年だってのにさ」

「私は軍で、毎日鍛えている」

「……あー、そうかい。相変わらず、色気のない生活だねえ。もう少し、潤いのある日常、送ったらどうなんだい」

「男の間を右往左往するのが、潤いある生活なのか?」

「潤いも潤い。あんたの乾いた生活とは、比べようもない程」

そうして二人は、肩を並べて敵と戦いながら、口先での喧嘩を続け。

「………………絶対に、お前との勝負に勝って、その口を塞いでやる。覚えておけ」

「それは、あたしの科白だよ。あんたこそ、あたしに負けて、泣くんじゃないよ」

「泣く? 誰が? 私は子供の頃以来、泣いたことなどない」

「……あー、ヤだ、ヤだ。堅物は、これだから。──…一度、男の前で、嘘でもいいから泣いて御覧よ。馬鹿な男なんざ、イチコロだよ」

「私はお前のように、尻軽ではない」

「し・り・が・る! バレリア、あんた今、尻軽って言ったねっっ!?」

「……言った」

「忘れるんじゃないよ! 絶対に、後で泣き見せてやるっ」

「………………焦らずとも。この戦いが終わったら、勝負だ」

「……ああ。この戦いが終わったら、ね。──無事に、終わったら」

「……そうだな」

「そして、あんたもあたしも、生きていたら」

「生きているさ、当然。……お前との決着を付ける前に、逃げる訳にはいかないし、お前も逃がさない」

「……上等だよ。ああ、逃がすもんか」

まるで、揃いのそれのように宿している、隼の紋章を呼び覚まし、全く同一の姿勢を彼女達は取って、同時に地を蹴った。