そう言えば、あれはもう十五年も前になる、そう思いながら。

「死にたい奴は前に出な」

十五年前、炎に包まれ始めた城の中で、同じ科白を放ったっけなと、薄い笑いを浮かべ、ハルモニアの兵士達を、ビクトールは見据えた。

──眼前には辺境軍本隊、後方には追い付かれた支援部隊。

大抵の者が、叶うなら、今直ぐこの場より抜け出したいと思うだろう直中に、好んで留まっている自分の方が、余程死にたい奴に見えるかも、と考えながら。

テッサイが、夜なべして叩いてくれた名もない剣を、彼は構え直す。

…………『踏み止まりたくて』、己は確かにこうしているけれど、やはり確かに、この場に己は、『踏み止まらなくてはならない』。

負けられないし、負けるつもりもないし、負けたくもないから。

続く戦闘が投げ付けて寄越す疲れも、碌に取れてはいないけれど。

あー、俺も四十三だもんなー、と感じはすれども。

あの頃、今の自分と同じくらいの歳だったゲオルグ・プライムは、あれだけ強く、逞しかった訳だし。

泣き言を言っている場合でもない。

ハルモニアの侵略を受け掛けているこの国は、確かに自分の祖国であって、愛した人達が、数多眠る大地であって、カナタがトランにそうしたように、セツナが、大切に包んだ国であって。

「……付き合い、いいよな……」

敵を斬り殺しながらビクトールは、脳裏に、二つの影を掠めさせ、結局、こうしている理由は、己が信念と、『その為』なんだろうな、と呟いた。

「付き合いがいい?」

「…………お前のだよ」

と、独り言で終わる筈だったそれを、何時の間にかやって来ていた相方に拾われて、その横顔へ流し目を送り、やれやれと、今度は彼は、溜息を付いた。

「わざわざ好んで、最激戦区に居座るお前に付き合ってる訳じゃない!」

すれば、ちらり見遣られたフリックは、ムッとした目付きになって。

「うるせーな。判ってるよ。黙れ、フリック」

鬱陶しそうにビクトールは、左手を振った。

「……ったく。お前は……」

「へーへー。説教は、後でな」

「……………そうだな」

「処で、お前こんな所にいていいのか? 自分の部隊の方どうした?」

「ちゃんと、手を打って来たに決まってるだろう。お前こそ、若い連中先に行かせて、自分は居残りか?」

殿しんがりってなあな、一番強い奴が受け持つんだよ」

「強い、ねえ……」

「文句があるのか? フリック」

「……いや、ない」

──こんなことを、喋り合ってる今ではないと、互い、そう言い合いながらも。

彼等は、酒場で交わすようなやり取りを投げ合って、ビクトールは名もなき剣を両手で、フリックはオデッサを右手のみで、それぞれ構えて。

そうするのが当たり前のように、彼等は背を預け合った。

「…………まあ、こういうのも、悪くねえだろ?」

「もう、『こういうの』が何度目になるのか、忘れる程だがな」

「そうだったか?」

「……誰の所為だと思ってる」

「お前。お前の運が、悪いから」

「ビクトール……。ハルモニアの連中よりも先に、お前をオデッサの錆にしてやろうか?」

「馬鹿言うんじゃねえよ。俺は、現実をお前に語って聞かせてやってるだけだ。────俺の運は太いぞー? 『あいつら』程じゃねえが、太いぞ? その証拠に、何やらかしたって、ずーっと、生き残って来ただろう?」

「まあな。それは否定しない。お前の場合、運の太さじゃなくって、熊故の図太さに助けられて、って気もするが」

「……熊って言うなって俺の苦情、何時になったら覚えんだよ」

「絶対、覚えない。死んでも覚えない。……熊は熊だ。熊」

互いが互いの、背を守りながら。

白刃翻し、熱い返り血をそこかしこに浴びつつ、それでも、未だ。

彼等は、軽口を叩いていた。

「………………なあ、ビクトール」

「ん?」

「……いや、何でもない」

「……へっ。河の向こうに、オデッサの顔でも見ちまったか?」

「…………お前、ホンットーに、斬られたいか?」

「まさか。────言えよ。何だよ」

「だから。本当に、何でもない。……但」

「但?」

「どうしようもない腐れ縁だな、俺とお前って」

「…………今更」

「俺も、そう思う」

「ま、でも。俺は別にいいぞ? 死ぬまで結ばれてる腐れ縁でも。──照れ臭えこと言ってやるよ。俺が今まで、何やらかしても生き残って来たのは、お前と一緒だったから、ってものあるって」

「……ビクトール。それは、照れ臭いこと、じゃないだろ。気色悪いこと、の間違いだろ」

「…………かーっ。可愛くねえなあっ!」

────結局。

眼前の敵を、一人一人討ち滅ぼしながらも、二人は言い合いを収めようとはしなくて、手も口も動かしながら、それでも互いの背中だけは守り続けて、まるで何かに憑かれたように。

戦い続けて。

そうやって、戦場のあちらこちらに、かつての一〇八星達が『存在』し続ける最中も。

デュナン軍にとって喜ばしくない方へと、徐々に向って行く流れは止まらず、混乱は少しずつ深まって、誰もが皆、明らか過ぎる程に肩で息をし始め、血や、汗や、脂で滑る己が得物を、幾度も取り零しそうになった。

剣や槍を持つ者は、服を裂いた切れ端で、柄と己が手を結び、弓を持つ者は、累々と倒れる屍から、矢を引き抜き構え直して。

己の流した物なのか、浴びた物なのか、それすらも判らなくなった、目の中に入る赤い滴りを拭って、歯を食いしばり。

『赦される』のは何時なのか、そればかりを考えるようになった。