人々が、激しい憔悴を見せる、その傍らで。

最初に有らぬ方を向いたのは、ムクムクだった。

ムクムクが、くるっと、丸くつぶらな瞳を巡らせた時、フェザーはバサリと音立てて、両翼を広げた。

獣達が蠢く横で、人間の方は、と言えば、何一つ気付かぬまま、折れそうになる膝を保ち続けるのに必死で。

デュナンの者達だけではなく、ハルモニアの者達ですら、何事かと目を疑う程の勢いで、翼羽ばたかせたフェザーと、その背に飛び乗ったムクムク達五匹のムササビが、北の方角目指し、進み始めてやっと、一瞬のみ、呆然とそれを見上げた。

相変わらず、蒼だけが広がるその日の真夏の空を、巨鳥は、小さな仲間達を乗せたまま飛び続けて、目指していたらしい一点に、バサリと降り立った。

フェザーやムクムク達が降り立ったそこは、敵味方激しく入り乱れている戦場の直中とは少々距離があって、そこに何があるのか、何故獣達がそこへ向ったのか、その理由は、誰の目にも映らなかった。

だから、彼等に限ってそんなことは有り得なかろうけれど、動物故の気紛れでも起こしてしまったのかも知れないと、皆、そう考えた。

けれど真実はそうでなく。

『本当』を物語るように、その時、疾風の紋章が生む風の魔法のそれとは違う、素早い、が、静か、と例えるに相応しい、風に似たモノが、辺り一帯に沸き上がった。

…………その、風に似たモノは、この大地を自ら掴み取った一〇八星達には、至極『懐かしい』代物で。

もしや、の想像通り、黒くてくらい、けれど光る、闇色を帯びていた。

故に人々は、戦場を覆い尽くして行く闇色が始まっている辺り──丁度、フェザーやムクムク達が向った辺り、そこへ、バッと向き直り。

静かな風に似ていた闇色が、一際強く光って盛り上がった刹那、その『冥い眩しさ』に、思わず目を瞑った。

瞼を固く閉じて、闇が与えて来る寒さから、身を守るように己が肩を抱いたら、瞳閉ざしていても、闇が更に眩しさを増したことが判って、が、唐突に。

静かな風に良く似た、冥くて強くて凍えるようで、けれど何処か眩しい闇色が、失せてしまったのを知り。

咄嗟に閉じてしまったまなこを、彼等はこじ開けた。

すれば今度は、緑柱石のような淡い色した光点が、空高く昇りながら放つ、純粋な目映さに、取り戻した視界を染められ。

又、瞳を細めれば。

幻日とすら感じられる緑柱石色の光は二つに分かれ、益々、幻日に似た様相を呈して、内一つは花火のように辺りに散り、霧雨の如く、仲間達へと降り注ぎ。

もう一方は、空を横一線に走った。

それはあたかも、もしない神から賜る本当の審判のようで、走った空より、地上へと、光の矢らしきモノを放ち。

先程、唐突に消えた闇色に倣ったか、緑柱石色の光も又、一瞬にして、掻き消えた。

────突如、何処いずこより現れた闇色の光と、次いで現れた緑柱石色の光が、戦場より褪せてしまった後。

信じられぬ、とデュナンの者達が周囲を見回せば、自軍を苦しめていた敵支援部隊の全てと、辺境軍本隊の一部が跡形もなく失せていて、生き抜き、勝利を勝ち取る為の道筋は、はっきりと示されており。

………………『あの場所』へ、と。

そうは思いながらも。

引かれる後ろ髪を振り切って、人々は、示された道筋を走り始めた。

そして。

彼等が確かに、目指す場所を目指し始めたのを見計らったように、再び、何処より闇色は湧いて。

敵を蹴散らしながら、駆け出した仲間達の一部、ビクトールとフリックは。

「何つーか……」

「……何だ? ビクトール」

「何とはなしに今、嬉々として、アレ振るってるあいつらの顔が目に浮かんだ……」

「奇遇だな、俺もだ……」

『あの頃』、現実として在って、『今』も、現実として在ったモノタチへ想い馳せた。

厳しく苦しい戦いに、一応の区切りを付けて、各部隊が本陣と合流し、そのまま、ミューズの関所までデュナン軍が後退したその夜。

納得するまで遊んだのか、満足そうな顔付きで戻って来た、フェザーとムクムク達を仲間達は捕まえ。

「バドっ! バド呼んで来い、バドっ!!」

大勢の叫び声に引き立てられてやって来た、魔物遣いのバドと向き合わせた。

「キュイ?」

「ム?」

が、そうされても、陣の中で一等広い天幕の、その中央に踞ったフェザーと、フェザーの羽毛に埋まるように固まったムクムク達は、きょとんとした風情を作り。

「あー、もーっ!」

獣でも、お前達だったらこの状況見て判るだろうっ! と、獣達より聞き出したいことのある仲間達は、頭を掻き毟らんばかりに喚き始めたが。

その時、バサリと幕の入口が跳ね上げられ。

「……相変わらず、賑やかな軍だな」

邪魔をするのは誰だと、集った彼等が一斉に振り返ればそこには、年月を経ても豊かさの生まれない、表情に乏しい面をしたシュウが、『護衛』と共に立っていた。

「シュウ? お前、何やってんだ? こんなトコで」

ハイイーストで起こった此度の話が、デュナン国内に広まり切って、実際に戦が始まっても、ハルモニアに行ったきり梨の礫だった元・正軍師の姿に、ビクトールは不思議そうにする。

「そう急ぐな。……そろそろ、クリスタルバレーで落ち合えた、リッチモンドが着いてもいい頃だ。話は、それから」

そんなビクトールに、肩透かしを食らわせて、シュウは、己が背後に立つ護衛の、更に後ろを振り返った。

「クリスタルバレー?」

「ああ。……リッチモンドが、どの街道を選んだのかまで私は知らないが、カレリアからグラスランドを下ってデュナンに戻った我々よりも、遅いとは思えない」

「……だから。そうじゃなくて。クリスタルバレーで何やってたんだ、って訊いてるんだがな」

「……だから。リッチモンドが来るまで待て」

そうしてシュウは、逸るビクトール達をあくまで交わし続けて。

「今更な顔ばっかり、揃ってるな」

彼が予告した通り、冴えない風情の探偵が、天幕を潜った。