窓枠に手を掛け、ぽんと伸び上がって、足をぶらぶらさせつつ、上半身を突っ込んでみた室内は。
昼日中だと言うのに、全てのカーテンが閉められている、薄暗い部屋だった。
だがそれでも、差し込む薄日がその調度を浮かび上がらせてはおり、その明るい色調から、若い女性の部屋なのかな、とセツナには思えたので。
「あの、こんな所から御免なさい。実はですね、僕、事情は良く判らないんですけど、どうも、ここに奉公す………………────」
女の人の部屋に、遠慮もなく顔突っ込んじゃって御免なさいー、と思いながらも、彼は。
どうせ、『子供』のやったことと思って貰えるだろうから、と、部屋の片隅より感じた人の気配へ向けて、己の置かれた事態を語り始めた。
…………が。
あどけない調子で語られていたセツナの声は、話半ばでぴたりと途絶え。
「………………へっ?」
次の瞬間、唯でさえ大きな瞳を、溢れんばかりに見開いて、素っ頓狂な声を放ち。
彼は、全身の動きを止め。
「……あ、あ、あああああああ、あ、あの、えっと、あの……ぼ、僕……僕は、そのっ……。だから、えっと……。うんと……。えっと、えっと、えっと……。……………ご、御免なさいっっ!!」
それより数拍置いて、顔色を蒼白させ、しどろもどろになりながら、詫びを告げた。
──覗き込んだ部屋の。
人の気配がするから、と、見遣った場所には。
他の調度と同じく、カーテン越しの薄日に照らされた、ベッドがあり。
その上では、『邪魔』が入るなどと思いもしなかったのだろう男女が、毛布も跳ね上げ、惜しげもなく裸体を晒しながら、あられもない恰好で、身と身を結び合っており。
それが今正しく『その地点』であると、色事に対する知識が何処までも『中途半端』なセツナに理解出来たのかは謎だが、男女のそれは、情事に於ける『最大の佳境』と云う奴に、丁度達した処で。
セツナは、『それ』を真っ正面から目撃し、且つ、子供の声に驚き意識を引き戻された男女双方と、視線を合わせてしまった。
…………故に。
幾ら、『物知らず』のセツナと言えど。
彼等のしていることが何なのか、くらいは思い当たることが出来たので。
……これって、これって、もしかして、ううん、もしかしなくても、男の人と女の人が赤ちゃん作る時にやるって云う、アレ? 僕ひょっとして、物凄くマズい場面に顔突っ込んだ? …………………と。
身動き取れぬまま、彼は、詫びだけを告げ。
「…………き……きゃああああああああっ!」
セツナと目を合わせてしまった男女は、暫しの間呆然と、覗いて来た子供を見詰め、ぼんやり、詫びに耳を傾けていたが。
次の瞬間、呪縛が解けたかのように、女は悲鳴を上げて毛布の中へ潜り。
「この、クソガキっ! 何してやがるっ!」
男は女を突き放すようにして立ち上がった。
「いえ、あのっ! 覗くつもりがあった訳じゃなくってっ! 覗きたくもないんですけど、そんなのっ! ……じゃなくってっ! えっと、えっと、だからぁぁぁぁぁっ!」
ベッドから、文字通り飛び出し、ずかずかと大股で、隠した方が宜しい場所を隠すことすら忘れて近付いて来る男に、セツナは、言い訳にもならない言い訳を口走ったが。
突然降って涌いた余りの事態に、頭に血が昇ってしまったらしい男は、凄まじい、としか言えぬ形相をして、未だ、窓辺に半身を預けているセツナの胸倉を掴もうと、腕を伸ばした。
「──こら、何してるの」
だが、勢い良く伸びて来た男の腕が、セツナを掴み上げるより一瞬早く、セツナの背後から涌いた声と腕が、ゆるやかに彼へと絡み付いて、視界に飛び込んだ右手は、彼の両目を覆い、腰を抱いた左手は、窓辺からセツナを浚い。
「………………カ……カナタさんーーーーーーーーっっ! カナタさん、カナタさん、カナタさんーーーーーっっっっ!」
やって来た人の正体に気付いてセツナは、とん、と板張りの床に足を下ろされると同時に、ひしっっっとカナタに抱き着き、べそを掻き始めた。
「ふぇぇぇぇぇぇぇぇ……。こ、怖いモノ見ちゃいましたぁぁぁぁっ……。どうしよ……ふぇ……。カナタさ…………。ふぇぇぇぇ…………っ」
「……はいはい。泣かない、泣かない。大丈夫だから。怖いモノ、なんて言ったら、あの人達に悪いよ?」
振り上げた、拳のやり場に困っている、見ず知らずの不幸な男を他所に。
べそべそと泣き付いて来るセツナの背を、優しくポンポンと叩きながら、カナタは宥めた。
「落ち着いて。ね? もう大丈夫だから。別に、そんなに害のあるモノ見ちゃったって訳でもなさそ…………────。…………セツナ? え、セツナ? どうしたの、セツナっっ」
けれど。
赤子をあやすようにしてみても、セツナはぐすぐす言い続け、泣き続け、なのに、しがみついて来る腕の力は徐々に弱くなって。
やがて、くたり、と。
カナタに縋り付いたまま、彼は倒れ込んだ。
「セツナっ!」
ずるりと崩れたセツナを、慌ててカナタは抱き直す。
昔、セツナが宿していた『輝く盾の紋章』が、始まりの紋章となってより、彼が前触れも無しに倒れるようなことは起こらなかったのに、と。
「もしかして、風邪こじらせ…………。──………………ひょっとして、熱出す程衝撃的だったの? セツナ……」
────しかし。
目を回した、と云う表現が相応しい表情をして、頬だけを赤くし、くったりと意識を飛ばしたセツナの額に、手袋を外した掌を当ててみれば、とても熱いことが判り。
商家の庇の向こうに窺える秋空へ、少しばかり虚ろに、カナタは視線を漂わせた。