衣装の着付けなどを、隣国の大統領夫人に手伝わせたと知れたら、間違いなく、それはそれは巨大な雷が、シュウからは落ちるだろうが。

皆それぞれ忙しいのだろう、幸いなことに、アイリーンが手伝ってくれた着替えが終わるまで、誰もセツナの部屋を訪れる者はおらず。

今朝の成りゆきは、カナタと、セツナと、レパントと、アイリーンの四名のみの、『秘密』とされ。

臙脂えんじ色、と言う程くすんでもおらず、深紅、と言う程鮮やかでもなく、淡く優しい赤と、白を基調にした、一歩間違えば、慣れていないセツナは裾を踏み付けてしまいそうな、彼自身の言葉の上では、『ズルズルのヒラヒラのプワプワ』との表現が当て嵌まるらしい衣装に、セツナが袖を通し終えて程なく。

稀に見る程不機嫌そうな顔をしたカナタも又、着替えを終えて戻って来た。

「どうして僕がこんな格好…………。──大体、僕に内緒で何時の間にこんな物、クレオは仕立てたのやら……」

腹の虫が収まらぬように、部屋の扉を開け。

辺りに八つ当たりしそうな足取りで、セツナの傍へ向かい。

ムッツリしながらもカナタは。

「支度終わったんだ? セツナも」

『溺愛』まっしぐらの少年へは、にこっと微笑んでみせた。

「…………………………。似合いますね……って言ったら……怒ります……?」

すっと、眼前に立ったカナタを見上げ、頭の天辺から足の先までを眺め。

ぽけっと口を開けつつ、セツナは感想を洩らした。

「……別に、怒ったりはしないけど……」

口と、序でに目も見開いて、うわ……と声を放ったセツナに、カナタは乾いた笑いを返し。

持ち上げた右手を、髪を掻き上げようとでもしたのか、己の耳許へと伸ばし掛けて、ああ……と腕を引っ込めた。

──曰く、『ズルズルのヒラヒラのプワプワ』なセツナ自身の服装と、カナタが纏っているそれは、意匠的には余り大差がなかったけれど。

色見は全然違って。

カナタの服は、緑掛かった青色と言うか、青色掛かった緑色と言うか、そんな感じの曖昧な、どちらかと言えば青、と言える色の織りの布と、白一色の布を基調にした衣装で。

何時もしている、若草色のバンダナはなく、その代わり、鬢付け油を用いて、前髪を少しと、左右の横髪の殆どが、手櫛で梳いたように掻き上げられており。

やはり、何時も嵌めている金輪を外しているセツナの、ふわりとした髪型と、何処となく対を成している風情があって。

手袋は逆に、セツナと揃いにしたかのような、白絹で。

「あれ? カナタさん……何時もよりも少し、背が高いような…………?」

何時までも、そんな姿のカナタを、じーーーーー……と見詰めてセツナは、おや? と不思議そうに首を傾げた。

「ほんの少し、踵のある靴だからじゃないかな」

「あ、成程。………………うーーーーーん、それにしても……得しました……」

「得?」

常よりも少し、見上げる角度が高いような、と言い出したセツナを、常よりも深い角度で、カナタは見下ろし。

にこにこ、セツナは笑い出して。

「正直、堅苦しい式典なんて、面倒臭いかなー、とか、退屈かなー、とか、色々、シュウさんの前でうっかり洩らしたら、辞典の角で殴られそうなこと、思ってたんです。『新しい国が出来ましたー』って、お披露目しないといけないのは、僕にも判ってるんですけど。でもやっぱり、『僕自身』にはそういうの、ムキじゃないんで。……でも、滅多にお目に掛れないだろう、カナタさんのそーゆー格好が見られたんで、良しにします。物凄く得した気分ですから。……あはー。いいもの見ちゃったーーー」

「君が喜んでくれるなら、まあ……本望だけどね……。────レパントにしても、アイリーンにしても、クレオにしても。……もしかしたら、他の皆も。僕に何をさせたいのやら…………。──まあ、いいか。なるようになるから。……行こうか、セツナ。なし崩しに、僕も出席することになっちゃってるみたいだし」

彼の髪を崩さぬ程度、軽く頭を撫でて、カナタは、やれやれ……と、遠い目をした。

セツナと共に、部屋を出た直後。

シュウに引き摺って行かれた彼と一旦分かれ、己は、レパントに引き摺られるように、デュナンの城の大広間を使った、式典会場に入り。

己のことを良く知る仲間達に、散々からかわれ、からかいの落とし前はきっちりと付け。

デュナンの国『そのもの』には、欠片程の興味も持てないカナタは。

それより数時間の後、中盤程度まで進んだ式典を、会場の片隅で見遣りながら、誰にも判らぬように、欠伸を噛み殺していた。

かつてのジョウストン都市同盟を形成していた、各市の代表や、それこそ、レパント達や。

戦いが終わって直ぐさま、この城を後にしてしまった者も数名いるから、面子は足りなくあるけれど、一〇八星達、と言った顔ぶれの並ぶ、有り体に言えば、『ごった返して』いる席だから、決して、無礼な態度だけは取らず、でも、当人的には怠惰に。

時折、セツナ『だけ』に注視し。

眠たそうな目、しちゃって…………、とか。

……あ、段取り全部、暗記してない、とか。

ほら、気を付けないと、裾踏むよ? とか。

傍目には、壇上にて立派に式典をこなしているセツナの、カナタには見抜ける小さな小さな『失態』に、親鳥の如くハラハラしながら、彼は、時を過ごしていた。

──己の細やかな『拘り』にさえ、思い切って目を瞑ってしまえば、こんな形であろうとも、セツナの近くにいることに関しては吝かではないから、その点だけは、まあ……と思えなくもないけれど。

どうしたって『こんな場所』では、『今』は国王陛下として在るセツナに触れられる程、傍近くにいられる訳もなくて。

今朝アイリーンが、含んだ言い方の中に潜ませたように、今日と言う日は、様々な意味合いで以て『特別』だから、それを際立たせるこの席上、セツナの姿を眺めることは叶っても、寄り添ってやれぬ現実は、この国そのものには欠片も興味を持てない己には、却って…………と。

何時しか、終わりに差し掛かった式典を見遣りながらカナタは、つらつらと考え。

「………………だから、か。『余計』なことを、してくれる……。随分と『恐ろしい』意趣返しだな……」

誰にも聞こえぬ、低い独り言を洩らし、自嘲にも見える、深い苦笑を一瞬のみ湛え。

彼は、遠く。

壇上のセツナを見詰めた。