セツナやカナタの本心の部分に言わせれば、何処までも『堅苦しい』、けれど第三者的には、ピン、と張り詰めた空気のばかりが漂う、デュナンの建国を世に知らしめる式典が終わり。

それより一刻程が過ぎた後、式典とは打って変わった雰囲気の、賑やかで華やかな、宴は始まった。

日没の頃、セツナの音頭で開始となった席の形式は立食で、セツナやカナタのように、正装をした、又は、正装をしなければらなかった者達や、そこまで形式張る必要はなかったけれど、折角の日だから、と、何時もよりも格段にきらびやかな出で立ちの仲間達は、会場を行き交った。

どうせ、どいつもこいつも、『知らぬ相手』じゃないんだし、と。

ここから先は『砕けて』しまえと、羽目を外し易い傾向にあるこの城の人々は、少し前に同じ場所で行われた、戦勝を祝う宴の席──シュウを激怒させ、城の女衆が溜息付き付き嘆く程、累々たる、酔っ払いという名の『屍』を拵えた、あの夜の宴の再現か、と思える程の馬鹿騒ぎへと、何時しか宴を盛り上がらせて。

夜が更け始める頃には、カナタが心配したように、「セツナ、飲んでるかー?」と、これっぽっちも酒精など嗜めない、『小さな国王陛下』を捕まえて、絡み酒を展開する者も登場したから。

何人なんぴとが、会場より姿晦まそうと、誰一人として気に止めなくなった、佳境の頃合い。

「大丈夫?」

宴の喧噪が、そう簡単には届かない城の三階テラスで夜風に吹かれながら、セツナと共に、席を抜け出して来たカナタは、こういう席だから、と、少し無理して己のグラスに満たされた酒を、ぺろぺろと舐めていたセツナの背を摩っていた。

「……うー、平気ですぅ……」

テンコウや、コーネルが良く佇んでいた、緑の絡まるアーチの近くの、短い階段の隅に腰下ろして、べふっとセツナはカナタに縋り付き、されるがままに任せる。

「お酒なんて、飲まなくても良かったのに。お水持って来たから、飲む?」

「いえ、今はいいです……。──今日は、おめでたい席でしたし……。一応でも、王様になんてなっちゃいましたから……僕が一滴も飲まないって言うのも、マズいかなーって……。僕が飲まない所為で、皆が遠慮でもしちゃったら、悪いですし……。…………うあー……ぎぼぢわどぅい…………」

「気持ち悪い? 吐きそう?」

「ちょ、ちょびっと……吐きそ…………うで……。────……あ。御免……なさい、カナタさん…………。は、吐くっ!」

「え、一寸待って、セツナっ!」

片腕で、寄り掛かって来る体を支え、片腕で、背中を撫でていたら、唐突に、がばりとセツナが身を起こして、吐くっ! と高く宣言し、傍らの、煉瓦で囲まれた植え込みの中に身を乗り出した彼が、小さく咳き込みながら吐瀉を始めてしまったので。

「無理なんてするから…………」

涙目をして、ヨロヨロ起き上がったセツナの口許を、ハンカチで拭ってやり、持って来ていた冷たい水を飲ませ。

「ベッドで休む? 下の皆には、僕から上手く言っておいてあげるから」

カナタはセツナを抱き上げて、城の最上階に位置する部屋へと、向かおうとしたが。

「いいです、ここで……。吐いたら、少し楽になりましたし……。歩いても、カナタさんに連れてって貰っても、又、うえってなりそうですから……」

青い顔をしつつ、セツナは首を横に振った。

「でも……少しの間ならいいけど、ここは余り、暖かくないから……。……あ、じゃあセツナ、一寸待ってて? 上着持って来るから」

故に、ならば、とカナタは、腰を浮かせ掛けたけれど。

「…………平気です。……それよりも、一緒にいて貰った方が、いいです…………」

身動みじろいだカナタの、青絹の裾を引いて、セツナはそうねだった。

「…………大丈夫」

きゅっと布地を掴み、上目遣いをしてみせたその顔は、酒精の毒以外の理由で、青い……と、カナタには汲め。

だらりと、座り込んだ階段の窪みに体半分を横たわらせてしまったセツナに膝を貸し、彼は緩く、髪を撫でてやった。

「………………明日から、本当の意味で、この国、始まっちゃいますね……」

枕代わりに宛てがわれた膝の上に、深く頬寄せながら、ぽつり、セツナは呟く。

「……そうだね」

「この城に残るって、そう言ってくれた人達もいますけど。……行くって決めた人達は、皆。行っちゃいますね……」

「…………ああ」

「寂しく、なりますよね。……行かないで欲しいな、なんて……、そう言うのも想うのも、我が儘なことだよねえ……って、判ってるんですよ? ……でも、寂しいなあ……って。少なくとも、三年はここにいるって、そう決めたのは僕自身ですけど、『置いて行かれる』のはやっぱり、寂しいですし。……三年経ったら、今度は僕が、残ってくれた皆のこと、『置いて行く』んだな、って思うと、今寂しく思う分、申し訳ないような気が、したりするんですよね……、って…………」

「……ん?」

「うあー……。吐くぅぅぅぅ…………。気持ち悪ーーーーい…………。又、吐き気、来…………」

暫くの間、ぶつぶつと。

カナタの膝を借りたまま、嘔吐したのが余程苦しかったのかそれとも、『明日』を迎えるのが寂し過ぎるからなのか、どちらとも判別付かない涙目のまま、セツナは訴え続けていたけれど。

再び彼は、情けない声を上げて、ノロノロ、身を起こし。

「ホントに、大丈夫…………?」

「……平……気、です……。うぇぇぇぇ……。お腹が、ケポケポ言うよう……。トニーさんに怒られるよう……。花壇、汚しちゃっ……。うっぷ……」

うわー……と、同情しきりの面で覗き込んで来たカナタに、吐けば大丈夫、と言いながらも、情けない程顔を顰め、散々汚した花壇より、目線を逸らした。

「うーん。……後で、砂か何か掛けて、片付けないとだねえ……」

「……ですよね…………」

「……今度、こういうことがあったら、お手洗いまで頑張ろうね……」

「…………はい……。努力は、します……」

すんすんと、打ち拉がれたように泣きべそを掻きつつ、もう一度縋り付いて来たセツナを受け止めながらも、カナタがそう言えば。

判ってるんですけどー……と、セツナは溜息を零し。

「このままここにいても、多分セツナの具合、変わらないから。部屋に戻ろう? 横になって、寝た方が良い。途中で気持ち悪くなったら、何とかしてあげるから」

カナタは、極力その小柄な身を揺らさぬよう意識しながら、さっさとセツナを抱き上げて、城内へと続く、扉を振り返った。