建国の為の式典と、それを祝う宴の夜。

『国王陛下』が酔っ払いと化した為、宴より退席してしまった後。

国主催の宴、と言うよりは、愉快な仲間達が繰り広げる単なる馬鹿騒ぎ、と化した『宴会』の席で起こったことは、此度の統一戦争のみでなく、トランでの解放戦争をも知る者全て──老いも若きも、男も女も、片っ端から、トラン建国の英雄殿に、酒で以て潰される、と言った程度の、細やかな出来事だったから、多くは語らない。

終盤戦は、混乱と言うか、恐怖と言うか、な状態に宴は陥ったけれど、一応無事には終わった。

……まあ後日、その出来事に関し、トランの英雄殿を捕まえ、『返り討ち』に遭うと判っていながらも、苦情を捲し立てる『勇者』が現れない訳ではなかったが、件の宴が、無事に終わったことだけは、事実だ。

だから又、国王陛下の居城は、常通りの穏やかさと喧噪を取り戻し。

それより数日、恙無く時は流れ。

一人、二人……と、戦いの日々を、盟主と共に過ごした仲間達は、デュナンの城を去り始めた。

「じゃあね、又ね」

……とか。

「世話になったな、元気でな」

……とか。

「暇が出来たら、遊びにおいで」

……とか。

別れの言葉を残し、それぞれの場所へと去って行く仲間達を、一人一人、その目で見送ったセツナは。

その日の午前。

この城を離れて行く仲間達の『最後』を、カナタと共に、城門前で見送っていた。

「元気でね。ビクトールさんも、フリックさんも」

これまでと、何ら代わり映えのない格好の中に、旅に必要な荷物を詰めた、余り大きいとは言えぬ袋を付け加えた出で立ちの、腐れ縁傭兵コンビを見上げ、彼は、笑顔を浮かべた。

だが、その時セツナが拵えた笑顔は、余り、出来が良いとは言えなかったようで。

「そんな顔、するな。元気出せ。な?」

「又、何処かで会える時だってあるんだろうから」

小さな彼を見下ろして、フリックも、ビクトールも、困惑の混ざる笑みを作った。

「…………うん……」

暗に、そんな顔をしないでくれと、そう懇願して来るような、傭兵二人の表情に、笑みを張り付かせたままセツナは、目線を石畳へと落とす。

「ビクトールとフリックは、物凄ーーーーく、おせっかいに出来てるから。どうしているかと気に留めて、自分達からほいほい、顔を出しに来るよ。だから多分、直ぐに会える」

この『旅』の始まりの時に、流れの急な河からセツナを救った二人とは、最も長い時間を共に過ごしたから、頓に別れが辛いのだろうと、その態度より察して、明るい調子で、カナタは言った。

「ほいほい、ってな、又凄い言い種だな」

「当たらずも、遠からずだと思うけど? 僕は、間違ったことなんて言ってないよ。お人好しなお二人さん」

「……俺は、そんなにお人好しじゃない……と思うぞ。あっちこっちに首を突っ込まずにいられないのは、ビクトールだけだ」

「まあ、それはそうかもね。でも、何事にも首を突っ込みたがるビクトールの尻拭い、それでもしてるのは誰だっけ? フリック」

…………確かにこれは、今生の別れではないかも知れないけれど。

もしかしたら、今生の別れとなるかも知れないと言うのに、相変わらずのノリで、カナタが自分達のことを揶揄したから、戦争中、レオナの酒場の片隅で、ぎゃいのぎゃいのと戯れていた時そのままに、ビクトールもフリックも、カナタのからかいに甘んじてみせて。

「本当に、本当に、今まで、どうも有り難うございました、ビクトールさん、フリックさん」

そんな三人の様へ、漸く心底からの笑みを浮かべてセツナは、ぺこり、傭兵達へと頭を下げた。

「世話になったのは、こっちの方だ」

「そうだな。色々と、な」

だから、ビクトールとフリックは、にこり、『小さな弟』を見遣る風に、セツナへと笑い掛けて。

「……ああ、そうだ、カナタ。一寸」

交わし合う言葉もそろそろ尽きる、そう相成って不意に、ビクトールがカナタを、ちょいちょいと、セツナやフリックからは、少しばかり離れた場所へと引き摺った。

「何?」

「これが、今生の別れにゃならないかも知れない。でも、そうなっちまうかも知れない。だから訊いとく。んで、言っとく。……余計なお世話かも知れねえがな」

「……何が?」

「…………どういう意味で、なのかは知らない。お前がどんなつもりでいるのか、俺には到底判らない。……でも。お前、セツナのこと、『愛して』んだろう? だから未だ、ここに──セツナの傍に、残るんだろう?」

「……んー…………。………まあ、ね」

「お。随分、素直に認めたな。珍しい。────だったら。お前もちったあ、『自分の先』を見ろよ? ……お前の見てる先は、残念ながら、俺達にゃあ見えない。今んトコ、それが見えてるのは、お前と、セツナだけなんだろうな。だから、お前達は、『そうしてる』んだろう? ……だから、カナタ。幸せになれよ? もう、俺達は今までのように、お前等の傍にいてやることは出来ないが。遠くからでも、お前達のこと、思ってやることは出来る。お前等が、俺達のこと、遠くからでも思ってくれるみたいにな」

少しばかり、位置をずらして。

セツナやフリックには、声までは届かぬだろう場所で、小さく話し出したビクトールをカナタが見上げれば、何時如何なる時も、カナタとセツナの兄のようだった傭兵は、心配そうに、けれど微笑みながらそう言って、トン、とカナタの肩を叩いた。

「…………だから、お人好しだ、って。そう言われるんだよ、ビクトール。…………有り難う」

それ故カナタは、軽く肩を竦めて。

穏やかに、返した。

「……何話してるんでしょうね、カナタさんとビクトールさん」

「さあな。ビクトールがカナタに借りた酒代、踏み倒してるのかも知れないから、放っとけ、セツナ」

「あー、そうかも」

「…………な、セツナ」

「なぁに? フリックさん」

「これまでみたいに。これからも、辛いことは、多いかも知れないけれど。カナタと二人、元気でな。又、何時か何処かで会えたら、昔話、しような。……ああ、そうだ。もしも、何か困ったことがあったら、遠慮なく呼べよ? ビクトールはああいう奴だから、俺達の行方、探すのは大変かも知れないが、お前達が困ってるんなら、どんな遠くにいても、ここに戻って来るから」

──カナタとビクトールが、脇で何の話をしているのか、それは知らぬまま。

ちらりとそちらへ視線をくれて、セツナとフリックは、ぽつぽつ話し出し。

真剣な顔をして、フリックはそう言った。

「……フリックさんも。ビクトールさんに負けず劣らず、お人好しだよね」

余りにも真摯に、フリックが言うから。

きょとん、とした顔になった後、セツナは破顔し。

「有り難うね、フリックさん」

「…………いや、俺は人として、当たり前のことを言っただけだと思うんだが……」

「何笑ってるの? セツナ」

そこへ、『内緒話』を終えたらしい、カナタとビクトールが戻って。

「フリックさんがですね、すんごい真面目腐った顔して、何か遭ったら呼べって、そう言うから、一寸おかしくなっちゃって」

「ああ、成程。フリックの言うことって、時々、仰々し過ぎるからね」

「基本的に、真面目なんですよねー、フリックさんって」

「うん。ビクトールはいい加減な性格してるけど」

「お前等……」

「最後の最後まで、それかよ……」

自分達を話の種にして、けらけら笑い始めたセツナとカナタへ、傭兵達はげんなりと項垂れ。

「さっきみたいに、落ち込んでるより良いでしょー?」

「良いじゃないか。二人共、湿っぽいのは嫌いだろう?」

けれど二人は、態度を変えず、一頻り、笑い続けて。

…………何時も通りの、賑やかな笑いが消えた後。

「さよなら。ビクトールさん、フリックさん」

「二人共、元気で」

「ああ、お前等も」

「又、な。何処かで」

一瞬のみ、四人はそれぞれ見詰め合い、口々に。

さようなら、の言葉を告げた。