「…………何時のことだったかな……」
少し不粋なくらい、並々とシュウに注がれた酒を、一口飲んで。
さて、何ヶ月前のことだったかな、とカナタは、記憶を探った。
「何が?」
「意地の悪い質問かも知れない、そう思いながらもね。セツナに訊いたことがある。どうして君は、盟主になったの? と。そうしたら、あの子は言ったよ。何時も、皆に言っていたように。幸せになりたいから、僕の周りの人皆を幸せにしたいから、盟主になりました、ってね。……僕にも彼は、そう言った。笑いながら。──但、その後にセツナは、『その為』になら、人殺しに成り果ててもいい、そう呟いて『くれた』けれど」
「人殺しに成り果てても……か…………」
在りし日の少年を思い出しながら言ったカナタの台詞に、ビクトールが軽く、唇を噛んだ。
「──それくらい、『幸せになること』が、盟主になると決めた時の、あの子の全てだった。後々……それは少し、変わったようだけれど。兎に角、盟主となったばかりのあの子の全ては、『それ』だった。……あの子は元々、普通……かどうかは兎も角、市井で育った子だ。将軍の息子だった僕や、皇子だったルカのように、戦場で人を殺すということを、生まれながらに割り切れる立場にいた子じゃないし、そんな性根はしてない。でも、それでもあの子はそれを、『割り切る』ことにしたんだ。……なのにね。『幸せ』になりたい、その為の平和が欲しい、だから、力も欲しい。そう考えたあの子が──まあ、最初に言い出したのはジョウイ君だったそうだけど──手にした、始まりの紋章の片割れは、結局あの子に、皮肉な運命しか齎さなかった」
「…………紋章……。──そう言えば、カナタ。お前、知ってたんだってな。輝く盾の紋章が、使えば使う程、宿した者の命を削る紋章だ……って。俺やビクトールは、セツナとお前が消えた三日前に初めて、ルックの奴から、それ聞かされて。あの、何時も元気なセツナが、使い過ぎるとぶっ倒れる程、『体力』の要る紋章なんだな、としか俺は思ってなくて……。そんな紋章、あいつは使ってたのかって思ったら、心底ゾッとして、少し情けなくなったんだが……。……今更、どうしてそれを言わなかった、と問うつもりなんてないが、お前、どうしてそのこと、知ったんだ?」
結局、二十七の真の紋章っていうのは……と、苦い笑みを浮かべたカナタに、ふと思い出したように、フリックが尋ねた。
「……ああ、そのこと? ──あの子、よく倒れたろう? ……出会ってそれ程経たない頃、僕を迎えにグレッグミンスターに一人でセツナが来た時にも、倒れたことがあってね。余りにも尋常じゃない様子だったから、何処か悪いのかって訊いたら、まあ……一寸言いたく無さそうにゴネたけど、紋章の所為みたいですって。色々、喋ってくれた。輝く盾の紋章を使うと、生気を奪われるらしいこと、一つを二つに分け合った為か、黒き刃の紋章を宿してる親友の『今』が、手に取るように判る時があること、そんな時の親友の様子……とかね。色々」
「…………ほう……」
フリックに促されるまま、カナタが『真相』を語れば。
そこまでのことを、セツナが語って聞かせたのはカナタだけ、ということに気付いたシュウが、少しばかり情け無さそうに呟いたから。
「言えなかったんじゃないかな、誰にも。セツナは何も、言えなかったんだと思う。盟主であること、盟主としての重さ、『幸せ』になりたいと思って向かう先にあるモノ、『先』に対する痛み。……それを、辛いとか、苦しいとか、そう感じたことは一度もなくて、唯、自分なりに頑張っているだけ、とセツナはよく言っていたし、それが『偽り』だったと、僕は感じてないけれど、それをあの子は誰にも、言えなかったんだと思う」
『誰』にも言えないことっていうのは、誰にだってあるよ、とカナタは人々を慰め。
「でも、カナタ、お前には……」
「…………僕は、まあ……立場が立場だったし。あの子は此度の戦争の、僕は三年前の戦争の、『天魁星』だから。その所為なんじゃない? …………尤も、そんなセツナの『意地っ張り』も、ルカ・ブライトが『死んで』、ジョウイ・ブライトが皇王になって、ミューズ市で偽りの和平交渉の席を持つまでが限界だったみたいだけど。──あの頃から、勘の良い者には判った筈だよ、セツナが少し、『変わった』って」
普通の少年だったセツナが、同盟軍の盟主と立場を変えたように、『本当の意味』でセツナが『変わった』のは、あの出来事の前後だ、とカナタはゆっくり、瞼を閉ざした。