シュウの傍らに置かれていた酒瓶を、自ら取り上げ。
「変わった……。確かに、な。確かに、ミューズで和平交渉の席を持った後から、セツナの奴、少し様子がおかしかった。だがそれも、何を切っ掛けにしたのか俺は知らないが、何時しか元に戻って、何時も通り、何処となく頼り無げな……ほれ、わざとあいつが浮かべてた笑い方して、何時も通り、幸せになりたいんだよー……って、言って歩いてたぞ? だから、ミューズでのこと『は』、あいつの中でカタの付けられたことで、あいつが変わった、そもそもの切っ掛けじゃあないだろ」
瞳閉ざしたカナタの横顔を、じっくりとビクトールは眺めた。
「そうだね。そうかも、ね」
「……あのな、カナタ。言いたくはないが。真面目な話、セツナが『変わっちまった』のは、バナーの村で、お前に出逢ってから、だ。お前、セツナに何か、ちょっかい出しやがっただろ?」
「…………おや、鋭い。伊達に、僕のことを能く理解している訳じゃないねえ、ビクトール」
注がれる鋭い視線を感じて、ゆるゆると瞼を持ち上げてみれば、眼差しのきつさを変えぬまま、ビクトールにずばりと指摘され。
くすくすと、カナタは笑った。
「笑える話じゃねえだろうが……。──何が遇った? 何をした? お前とセツナが、出逢った時」
「別に」
「おい、カナタ──」
「──そう言われてもねえ……。本当に、語る程のことは何もないんだよ、ビクトール。僕は唯、自分が天魁星の許に生まれたが為に、セツナも天魁星であることに気付いて、それに気付いたら、セツナが自分の生まれた星のことを、ほんの少しばかり重たく感じているってことにも気付いて……だからね。だから……僕はあの子を、物凄く気に入ったからね。『溺愛』出来る程に。盟主という立場の所為で、仲間達……いいや、己が『君臨』している姿を見せなければならない全ての者に何も言えなくなってしまったセツナに、僕はこの戦いと何の関わり合いもないし、僕の前でも盟主でいる必要はないから、僕の前では何も彼も晒せばいい、君が抱えているモノが重たく感じると言うなら、傍にいてあげるよ、って、そう言っただけ」
笑って話すようなことじゃないと嗜めた傭兵に、だって、『些細』なことだから、とカナタは肩を竦め。
「…………頼った……いいや、頼り過ぎた……ってことなのか? セツナがあの頃、変わったっていうのは。カナタ、お前にセツナは縋った…ってことなのか?」
カナタの言ったことと、カナタ本人とをじっと顧みながら、フリックは首を傾げた。
「セツナは僕に、頼ってなんかいないし、縋ってもいないよ」
「……だが少なくとも、盟主殿にとって、貴方は『必要』な人だった。どうしてそうなったのかの、『発端』は兎も角。マクドール殿、貴方は盟主殿にとって、確かに必要な人物で、盟主殿は『溺愛』してくれる貴方を、大好きな周りの者達の中の一等、と言い切るようになり、そうして、何かを変えてしまわれた」
考え込み始めたフリックに、誤解だって、とカナタはひらひら、手を振ってみせたが。
横からシュウが口を挟んで、セツナがカナタを必要とし始めた発端は判らないが、と、さり気ない『嫌味』を込めつつ、トランの英雄を睨んだ。
「ここで急に、僕を悪役にされても困るんだけど。……大したことをした訳じゃない。僕はセツナを、甘やかしただけ。唯、傍にいただけ。それだけだ。……それにね」
同盟軍の中でも、冷徹さでは群を抜く存在と言われた風の魔法使いルックとタメを張る程感情が欠落していると、仲間達に言わしめたシュウの睨みを受けても、カナタは何処吹く風で。
「確かに、僕と出逢った後、セツナの中の『何か』は変わったけれど、セツナは最後まで、幸せになりましょうねと言い続けたし、周りも、皆一緒に幸せになるんだって言い張った。それは、シュウ、貴方が一番、身を以て知っている筈のことだ。大切な仲間の一人であるシュウさんの為にと、セツナはそう言って、ルカを救ってすらみせたのだから。そうして彼は、最後まで、『盟主』だった。……だからね。僕と出逢ったからと言って、セツナの中の何も彼もが変わってしまった訳じゃない。セツナは唯、ほんの少し僕に甘えただけで、僕は少し、彼を甘やかしただけ。それが、セツナが『変わった』ように見える部分で、僕があの子に出した『ちょっかい』」
にっっっ……こりと笑ったまま、カナタは。
人々を見回し、きっぱりと告げた。
「本当に………そうか?」
だが。
そんなカナタに、ルカが異議を唱えた。
「何が?」
「今の、セツナがシュウにしてみせたことの話にしてみても。本当に、あいつは。『大切な仲間のシュウさんの為』、それだけの為に、俺をも救ってみせたのか? 何処かに、別の意図があったのではないのか? …………例えば……」
「──例えば?」
「……例えばカナタ、何時かお前自身が言っていたように。あいつが仲間達に隠し続けた、『冷酷』且つ『残酷』さの延長のような意図を以て。──そうして、もし、そうだったとしたならば。それは本当に、あいつが密かに抱えていただろう、『冷酷』さや『残酷』さ故だけだったのか? 幸せになりたい、己の大切な存在をも幸せにしたい、だから、と『俺さえも』救ってみせたあいつは、『その為』に、『追い詰められ』はしなかったか?」
「…………あのねえ、ルカ。セツナが確かに、自分の冷酷な部分、残酷な部分を、仲間達に隠し続けていただろうことは認めるよ、僕も。そういう部分も、あの子とて、持っていなかった訳じゃない。でも、セツナは、そこまで冷酷で、そこまで残酷な子じゃない。それにね。あの子は、本当に……唯、一途に。『幸せ』になりたかったんだよ。……それだけ」
けれど。
静かなルカの『反論』を浴びせられても。
毛筋程もカナタは、湛えた笑みを崩さず。