ジョウイが僕を、置いて行ってしまったからって。
別に僕は、ジョウイに裏切られた、とか、そんなことを感じた訳じゃなかった。
どうして一言、本当の想いを語ってくれなかったのかなあ……とか、そういった意味で、ジョウイ、馬鹿……? なぁんて、思ったりはしたけど。
ジョウイにはジョウイの考えっていうのも、きっとあるんだろうなあ……って、前向きに、そう考えることに、僕はしてた。
…………でも、それでもやっぱり色々なことが、言葉にするんなら、ちょびっとだけ『辛い』かな……って。
僕は中々、僕自身の手で変えられる筈の運命っていうのを、上手く笑い飛ばせないなあ……って。
時々……本当に時々、感じるようになった。
僕の周りを取り巻くことは、とっても些細な、それっぽっち? って言えちゃうことでしかなかったのに。
僕の周りには、沢山の大切な人達、沢山の大切な仲間達がいてくれたのに。
僕には、僕を取り巻く事柄、僕を取り巻く人々が僕に望んでいること、僕に差し出して来る手、それを見るのが、辛いって感じる瞬間が生まれてしまった。
僕の為に伸ばされる手が、とてもとても痛い…………って。
何故か、そう感じるようになってしまってた。
────そんな時、だった。
隣国のトラン共和国と同盟を結ぼうって話になって、行って来た黄金の都──グレッグミンスターから帰ったばかりだったのに、もう何だったかは忘れちゃったけど、忘れ物をしたんだったか、やり残したことがあったんだかで、もう一回、グレッグミンスターを目指そうってなって、バナーの村に立ち寄った時、カナタ・マクドールさんに出逢ったのは。
……『お兄ちゃん』、って無条件に思えたあの人。
たった一つの理由を以て、僕の、大切な人達の中の一等になった、あの人。
そんなカナタさんに、僕は巡り会った。
──巡り会った人、カナタさんは。
『共にゆこうね』、って……。
僕だけを見て、僕だけに僕だけの言葉を告げて、僕だけの手を差し伸べてくれて。
誰も……ジョウイも、ナナミですら言ってくれなかった一言を、さらっと、事も無げに紡いでくれた。
傍にいるよ。
君が望む限り、僕は君の傍らに在る。
共に、ゆこうね。
………………って。
そう言ってくれた。
僕を、置いて行くんじゃなく。
僕を、端で見守るんじゃなく。
僕を、待っていてくれるんじゃなく。
僕を、唯ひたすらに、『守ろう』とするのでもなく。
歩く時も、立ち止まる時も、走る時も、蹲る時も。
傍にいて、全てを共に、って、カナタさんは。
だから僕は、カナタさんの手を取った。
もしかしたら、カナタさんが僕に望むことは、僕が望んだように、そう言われて僕が嬉しいと感じたように、何が遇っても共に在って────普通の人と生きる時間を違えた世界ですら共に在って、それは則ち、ナナミやジョウイとの『さようなら』かも知れない……そう気が付いても。
カナタさんが囁く一言は、『魔法の呪文だ』、そう気が付いても。
僕には、カナタさんの手が、離せなかった。
それまでの、全てを捨てた訳じゃなかったし、全てを諦めた訳でもなかったし。
『幸せ』になりたい、僕を取り巻く全ての人を、僕は幸せにしたい。
そんな想いを、忘れた訳でもなかったけれど。
気が付いたら僕は、僕の一等になったカナタさんの為に、『幸せ』の先を変えようとしていた。
カナタさんを、幸せにしたいって。カナタさんこそを、幸せにしたい……ううん、カナタさんと一緒に、幸せになりたい、って。
僕がカナタさんと一緒にいれば、時折あの人に痛い想いをさせてるらしい、魂喰らいの紋章が痛くなくなるなら。
僕はずっと、カナタさんの傍にいてあげたいって、そう考えるようになった……。
なのに、それでも僕は……僕の中の『何か』が、すこぉしずつ変わり始めた後も僕は、どうしたって、ナナミもジョウイも大切で大切で仕方なかったから、何時かキャロに戻って、三人で仲良く暮らすっていう『幸せ』を取り戻して、そこに、カナタさんの姿も入れられたらいいなあ……なんて、不可能に近い『夢』を、見たりしてた。
しょっちゅう、カナタさんと一緒に過ごすようになって、夜襲を掛けて来たルカさんと決戦をして、シュウさんの為にルカさん助けて、色々、今になって思えば、結構ハチャメチャって言えることしながら。
皆々、生きて、沢山の、色々なこと償って、頑張って生きて、皆で、幸せになりたいねって。
傭兵砦で感じたみたいに、ルカさんだって結局は、『可哀想』な人だった訳だし、償ってくれれば、僕はそれでいいと思えたから…………なんて。
僕は僕なりに一生懸命考えてみて……。
でも、死んだってことになったルカさんの代わりに、ジルさんと結婚してたジョウイがハイランドの皇王様になって、和平条約を結ぼう、なんて言って来て……罠だよね、って判ってても、ナナミの為と、僕自身の為にミューズに向かってみたら、それはやっぱり罠で。
……あの丘上で、僕は、『見てしまう』しか、なかった。
僕と、ジョウイの見ている先が、決定的にずれた瞬間を。
平和、というモノの為に、僕とナナミの為だけの、平和、というモノの為に、『僕』に弓さえも引けるようになってたジョウイ。
僕にとっては大切な、僕の周りの人達へ、『僕』の為に、武器を向けられるようになってたジョウイ。
本気だったのか、格好だけだったのか、それは判らないけれど……僕を殺したくないと言いながら、レオン・シルバーバーグが手配するまま、弓矢隊を敷いたジョウイ。
……そんな彼と僕の、見ている幸せの先は決定的にずれた、それを思い知らされる瞬間を、僕は、あの丘上で、見てしまうしかなかったから。
──あの時から、僕は。
ジョウイと僕の間でずれてしまった『様々なモノ』を埋める仕事を始めて。
カナタさんの手だけを取る『支度』を、整えようとしていたのかも、知れない。