「まあ……それでも」
──ピクリとも表情を変えないカナタの態度に、溜息を付きながら。
この青年は、こういう人だったな、と心底嫌そうに顔を歪め。
「ティントでの時も、ロックアックスより帰還した時も、盟主殿の傍近くにいて下さったことには、感謝しておりますよ、マクドール殿。…………い・ち・お・う」
シュウが、少しばかり話題を変えた。
問い詰めてみても決して語られはしないだろうことを何時までもひねくり廻すよりも、少しでも話を先に進めたいと、シュウは思ったのかも知れない。
…………そう、結局。
彼等がカナタ・マクドールの口から引き出したいと思っている、天山峠で起こった出来事の具体的な報告は、未だ聞き届けられないのだから。
「感謝されたって困る。あの時だって僕は、セツナを…………──って、シュウ? ロックアッス……ナナミが亡くなった時のことは兎も角、どうして貴方が、ティントでの話を知っている?」
感謝している、と言葉では言っているものの、どう聞いても嫌味にしか思えない台詞に反論しようとして、ふと、カナタは眼差しを細めた。
少しばかり、その漆黒の瞳に鈍い色の光を乗せて。
「私の生業は、軍師ですので」
「ティント? ティントで何か……遭ったか?」
あの時あの場にいなかった筈のシュウが、ティントでの出来事を確かに知っている、それに気付かされたカナタは、周囲の者がぞっとするような雰囲気を仄かに纏い始めたが、英雄が漂い始めさせた雰囲気を肌で感じても、シュウはしれっと答えるだけで。
二人のやり取りを聞いていたフリックが、そこまで険悪になる程のことがティントであったか? と記憶を探るような声を出した。
「…………あったよ。今となってはもう、僕とセツナ以外、誰も知らない『筈』のことがね。何故、そこの軍師殿がそれを知っているのか、僕には計り兼ねるけど。──ティントで、ジェスとやり合った後だったかな。ナナミが、もう嫌だと、そうセツナに訴えてね。一緒に何処までも逃げよう……って。どうして、セツナとジョウイが戦わなきゃならないのか判らない、どうして、セツナが何も彼も背負わなきゃならないのか判らない、そんなのは嫌だ、だから逃げようって、そう言い出したんだ。尤も、セツナはそんなこと出来ないと彼女を振り切ってしまったから、逃げようなんて冗談だ、ってナナミは笑って、去ってしまったけどね」
「ほーお……。ナナミがな……。まあ……そう言い出したナナミの気持ちを、汲んでやれねえ訳じゃねえが……。──カナタ、シュウ同様、どーしてお前がそいつを知ってる? お前がセツナと一緒にいたなら、ナナミはそんなこと言い出さなかっただろうから、二人っきりの時に、その話は出ただろうに」
首を捻ってみた処で思い出せる筈もない、誰も知らないんだから、と考え始めたフリックに微笑んで、ティントにての出来事を語れば、事情は判ったが、どうしてそれをお前が知ってる、とビクトールに突っ込まれ。
「内緒」
にこっ、とカナタは笑ってみせた。
「……お前、シュウのこと言えねえって自覚あるか? 同じ穴の狢っつーんだぞ、そーゆーのを」
「まあ、どうだっていいじゃないか、そんなの。兎に角ね、ティントでは、そういうことがあった、って話。──本当、あの街には碌な思い出がないよ。ナナミを泣かせちゃった、ってセツナは落ち込むし、ジェスはああだったし、トランで倒した筈のネクロードと御対面しなきゃならなかったし、僕をヒヨッコ扱いする吸血鬼の始祖殿はくっついて来るし…………」
そうして彼は、そんなことはどうだっていい、とビクトールの突っ込みをさらりと流し、ティントで起こった『気に喰わぬ』出来事を幾つか思い出して、ぶつぶつと文句を吐き出した。
「あれから見てみれば、お前だけではなく、誰もが赤子同然だろうが」
セツナが、何故か『シエラ様』と呼び慕う、齢八百歳の吸血鬼の始祖を脳裏に思い浮かべ、ボソッとルカが言った。
「だから、頭クるんだよ。──ああ、もう。色々思い出したら、益々腹立って来た。ティントのことだけじゃなくって、その後のことも。あの辺りから、セツナの周囲で起こることは、それまでにも増して碌でもなくなって来て、カラヤのルシアはここまで忍び込んで来るし、グリンヒルで、個人的に恨み骨髄のユーバーに巡り会うし。この目でジョウイ君を眺めなきゃならない羽目にはなるし、ロックアックスでは…………──。……思い出すだけで、ムカツク……」
「落ち着け、カナタ……」
どうやらシエラを余り良くは思っていないらしいカナタが、ぶつくさぶつくさ言うことに、ルカが小声で嗜めを言えば、そこをとば口にして、あの頃、立て続けに起こった様々なことを思い出した彼が、『凶暴』そうな色を窺わせたので。
フリックが、慌てた風になった。
「充分、落ち着いてるけど、僕は」
「そうは見えないから、言ってるんだろうがっ」
「……………フリックに、そんな風に見られるようじゃ、僕も未だ未だだねえ……」
「……どういう意味だ……」
「そういう意味だよ。──あの頃は、本当に色々と遭ったけど……セツナはそれでも、頑張ってたし。色々なことが有り過ぎたあの子だけど……今でも、生きているから…………それだけでも、充分なのかな……」
手の中のグラスをがシャリと机に叩き付けるように置いて、頼むから暴れたりするなよ、と青褪めたフリックを、けらけらとからかい、さっさと怒りを収めたかと思えば、今度は天井を見上げ。
沢山のことをその身で受け止めたセツナが、『今』もこうして生きているから、それだけは……とカナタは独り言ちた。