カナタさんが。

優しい、お兄ちゃんのような、僕を甘やかしてくれる大好きなカナタさんが、誰にも──僕にも見えない心の底で、一体何を望んでいるのか、何となく判っても。

僕はカナタさんの手を離してしまおうなんて、少しも思わず、毎日を送った。

カナタさんと手を繋いだまま、ジョウイとも、ナナミとも、『さよなら』せずに済む方法って、何処かにきっとあるよ、って。

そう思ってた。

でも、そう思いながらも。

僕が、僕自身で望み、僕自身の足で向かって行く先にあるモノが、もしかしたら『悲劇』って呼ばれるそれになるんじゃないかって、そう感じる瞬間も、あの頃からどんどん増えて行った。

何故って、それは、僕が天魁星だったから。

カナタさんがよく言うように、僕の、受け止めなきゃならない運命の部分……僕にはどう頑張ったって塗り替えられない僕の運命の部分に、それはしっかり居座っていて、やっぱり、カナタさんがよく言うみたいに、天魁星は天魁星であるが故に、自分よりも先に『輝く星』なんて持てないっていうのが、あの頃の僕にはもう、実感として湧き上がりつつあったから。

唯、幸せになりたい、それだけの為に同盟軍の盟主になった頃には、少しもピンと来なかったことが、理屈じゃない部分で、僕には判り始めてたから。

でもね。

往生際悪いって、言われるかも知れないけど。

それでも僕は、僕の望むこと、全てを諦めるつもりなんて、これっぽっちもなかった。

だけど………………。

ティントで、ナナミに逃げようって言われた時。

最後にナナミは、逃げようなんて冗談だよって、泣き笑いの顔で言ったけど、あれはナナミの本心で。

それが判っていたのに僕は、僕が同盟軍の盟主だから、とか、この戦いの天魁星だから、とか、そういうの、全部抜きにして、『僕』の気持ち一つだけで、ナナミを振り切って、泣かせてしまった。

……だって、もう、僕は逃げたくなんかなかったから。

天山の峠で、キャロで、傭兵砦で、ハイランドの野営地で、ミューズで。

幾度も僕は逃げ出して、その度に悲しい想いばかりをしたから、もう逃げない、逃げたくなんかない、そう決めて同盟軍の盟主になったのに。

自分の幸せの為に、自分の大切な人の幸せの為にって、盟主っていう名の『人殺し』になってもいいって決めたのに、逃げる、なんて僕にはもう出来なくって、ナナミを悲しまることにしかならないって判っていても、ナナミの義弟として、僕はいられなくって。

僕はそこでも、思い知らされた。

僕が見ているモノを見てくれる人は、僕が向かおうとしている先へ共に向かってくれる人は、ナナミでも、ジョウイでもないんだ……って。

──ジョウイは、僕のことを思って、色々としたのかも知れない。僕のことを思って、僕を置いて行ったのかも知れない。

ナナミは、僕のことを思って、逃げようって言ったのかも知れない。僕のことを思って、僕とジョウイが喧嘩するのも、傷付くのも見たくないって言ったのかも知れない。

でも、置いて行かれるのも、逃げようって迫られるのも、僕は望んでなんかいなくて。

ナナミも、ジョウイも、大切だよって想いをくれはするけど、僕が向ける想いを、汲んではくれなかった。

僕に何かをくれるのも、僕が何かをあげられるのも、もう、カナタさんだけなんだなあ…………って。

僕は、思い知ってしまった。

……そう感じてからも暫くの間は、もしかしたらカナタさん、『わざと』そうしてるのかなあ……なんて、『ズルいこと』思ってみたりして、どうして僕はこんなに、素直になれないんだろうって悩んだりもしたけど。

グリンヒルでジョウイと久し振りの再会をした時、『僕がそうであるように、セツナ、君にも大切な、捨てられないモノが出来たんだね』って言われて。

その時、僕の隣に立ってたのはカナタさんで。

結局『それ』が、全てなんだな、って。

ジョウイも、ナナミも、例えば僕の傍らに立っていてくれるカナタさんのような、ナナミとジョウイ以外の大切なモノが僕に出来るなんて思ってもいなくて、カナタさんが僕の傍らにいても、カナタさんが僕のことをどう思ってくれてるのかとか、僕がカナタさんのことをどう思ってるのかとか、二人には、想像も出来ない、『有り得ないこと』なんだって。

……僕は、そう思った。

────時間が経って、『毎日』が過ぎていけば、僕だって少しは前に進む。

キャロの街で、ナナミとジョウイの後を、おっとりと付いて歩くだけだった僕も、ルードの森で迷子になった時みたいに、ナナミ、ジョウイって泣いてただけの僕も、少しは変わる。

況してや、以前のように僕達は一緒にはいなくて、僕が自分の意志で盟主になったように、ジョウイも自分の意志でハイランドの皇王様になって、一緒だった僕達三人の道は、違ってしまったから。

何時までも僕だって、沢山の、本当に沢山のことを知る以前の僕のまま、立ち止まってはいないのに。

ナナミの中でも、ジョウイの中でも、『それ』は有り得ないことなのかも知れないって、そう思ったら…………。