「正直に打ち明ければ」

『不幸』なことを経験し過ぎたセツナだけれど、それでも今、彼は生きていてくれるから、とカナタが呟いた後。

徐に、ビクトールが口を開いた。

「ロックアックスで、ナナミがああなっちまった後、もしかしたらセツナの奴、立ち直れないんじゃないか……って。思わない訳じゃなかった。……ま、あいつは芯が強いから……。そう思ってたのも事実だが」

トランの英雄が、何を以て、『生きていてくれるから』と言ったのか、そこまでは流石の傭兵にも判らなかったけれど。

生き死にの話から、北の国の城での出来事を、ふっ……と思い出したのだろう。

飲み過ぎかな、と苦笑しながらも、ビクトールは酒を飲む手を休めず、あの頃の想いを語る。

「……それは、俺も思ったな。ナナミが……死んだ時、色々なこと、思い出して……。ナナミとセツナのことだけじゃなくって、三年前のこと、とか……色々、思い出してな。人が死ぬ……ってことは、酷く辛いことだ。近しい者の死なんて、誰だって見たくない。唯でさえセツナは、盟主って立場から離れれば、十五かそこいらの、少年でしかないから。──けれど……さっきシュウが言っていたように、カナタ、お前がいてくれたから、セツナの奴、立ち直れたのかも知れないよな」

まるでこの部屋をレオナの酒場と勘違いしているかのように、勝手にシュウの酒を持ち出して──最初に開けられた酒の瓶は、疾っくに空になっていたから──、んー、とか何とか意味不明な会話を交わしながら、注しつ注されつしていた相棒の言葉を受け、ぼそぼそ、フリックが言った。

「それはどうかな」

人が死ぬ場面に立ち合う度、三年前のことを思い出す、そう言うフリックを、一種独特の感慨を込めた眼差しで見遣って、カナタは肩を竦めた。

「どうかな、って?」

「誰かの胸の内なんて、当人以外の誰にも判りはしないからね。蓋を開けてみたら案外、僕がいない方が良かったって答えが、セツナの中にはあるかもよ。確かにあの夜、僕はセツナを慰めたから、だからあの子は立ち直れたのかも知れないけど。立ち直れない方が、『あの子自身』にとっては、幸いだったかも知れない。いっそ壊れて、止まってしまった方が良かったって、もしかしたらあの子は心の何処かで、思ってるかも知れないよ」

「……おいおい、悲観的なこと言うなよ。じゃあ何か? カナタ、お前はあいつが、壊れちまった方がいいって、そう思ってたとでも言うのか?」

「まさか。そんなこと、僕が思う筈ない。唯ね、セツナの本当の部分なんて、こうして皆で語ってみたって誰にも判りはしない、僕はそう言いたいだけ。だから唯、素直に、この数ヶ月、辛いことばかりと向き合って来たセツナが、それでも生きてるってことを、喜んでみたいだけだよ」

「……………………それにしても」

少し構えたような目線をフリックに向け続けるカナタを、その時、つん、とビクトールが小突いた。

「何?」

故に、グリグリと突き廻された肩口辺りを嫌そうに押さえて、カナタはビクトールを振り返った。

「お前、ほんっとーーーーーーーーに、セツナのことになると、熱弁は振るうわ、知恵は廻すわ。改めて思う。すげえ『溺愛』っ振りだよな」

「仕方ないじゃ無い。何度も言った筈だよ、ビクトール。僕にとってあの子は『特別』だから、『溺愛』したいんだって」

「今更、それを兎や角言うつもりなんざ、もう俺にはないがな。バナーの村でお前と再会した時は、まさかこんな奴になってるなんて思いもしなかったし。セツナ可愛さに、ルルノイエや、果ては天山の峠までくっついてく程の世話焼きっ振りを、お前が発揮するとも思ってなかった、ってのは言いたくなるぞ」

「……何、結局そこに、話を戻したいのかい? ビクトール」

言葉にするならば、過保護、とか、兄馬鹿、とか、そういった意味合いになるのだろう雰囲気を言外に滲ませる傭兵に、結局話は、ルルノイエの直後から天山峠のことに戻るのか、とカナタは苦笑した。

「そろそろ、夜が明けそうですな。…………マクドール殿? それで結局、天山の峠では、何がどうなったのです?」

これだけ長い時間を掛けて『語り続けた』と言うのに、どうしたって、天山の峠にての出来事へと、話の流れが傾いて行くので。

冗談じゃない、と腰を浮かせ始めた英雄を制するように、彼が逃げ出すよりも一瞬早く、シュウが問いを放った。

「言った筈なんだけどね。セツナは、自分で自分の決着を付けて来ただけだ……って」

だからカナタは、溜息を付いて。

仕方なさそうに、何処から語ればいい? と、四人の大人達を見比べながら、足を組み直した。