眼差しに宿した光のみで。
早くしないと完全に夜が明けるよ、僕は何処から語ればいい? と訴えて来たカナタに。
「……ルルノイエにジョウイがいなかったから、あいつは天山の峠に行くと決めたのか? それとも、ルルノイエにジョウイがいたとしても、あいつは天山の峠に行ったのか? どちらなんだ? カナタ」
何処から聞き出せば良いやらと、躊躇いを見せた軍師や傭兵達を横目に、口火を切ったのはルカだった。
「さあ……。どちらだろうね。残念ながら、それは僕にも判らない。……でも、ルルノイエのあの城にジョウイ君がいたとしても、いなかったとしても、セツナは天山の峠に一度は向かっただろうし……多大に矛盾しているように聞こえるだろうけど、ルルノイエにジョウイ君がいなかったから、セツナはあの峠に行く覚悟を決めたんだろうね。離れ離れになったら、あの場所で再会しよう、そう交わした約束を、ジョウイ君がルルノイエにいなかったから果たそうと思ったとか、故に約束を思い出した、とかいうのではなくて」
少々意味不明なルカの問いを物ともせずに、それ以上に不可思議な回答をカナタは示す。
「……………悪い、お前等が何を言いたいのか、俺にはよく判らないぞ……」
故に、一体、何が言いたいんだ? とフリックが渋い顔をしたけれど。
「判らないなら判らないんでいいんだよ、判らない、で済ませておけば。フリックが考えてみたって、判らないだろう?」
存分に手酷い台詞で青雷を切って捨て、カナタは緑茶でも飲む風に、グラスの酒を煽って。
「シュウと、レオン・シルバーバークとのやり合いが終わった時に。自分達の世界にいたらしいお二人さんは知らないだろうけど、セツナ、僕は僕の決着を付けに行くって、そう言い切ってね。──覚えてる? ビクトール、フリック」
「ああ、覚えてる」
「俺も、よく覚えてるぞ」
「僕達の隊には花がない、なんて、セツナ笑ってたし、皇宮に踏み込んだ後、ゲンカク老師の後を追うって決めてたらしいハーン・カニンガムは別にして、えーと、クルガンとシード、か。あの二人にもトドメ刺さずにルックに呆れられた時も、きゃいきゃい騒いでたけど。獣の紋章倒して、その先にあった玉座の間に、ジョウイ君がいないって知った時……あの子の顔色は、はっきりと判る程変わった。──ビクトールもフリックも、それは判ったろう? あの後、あの城が崩れ始めた時、あれは誰だったろう……脱出しようって、あの時の面子の誰かに言われても、ジョウイ君を探すって言い張ったしね」
うっかりすれば聞き逃してしまいそうな程当然に、シュウとルカの二人をからかうことも忘れず、皇都・ルルノイエの出来事を語り始めたカナタは、あの時も共にいたビクトールとフリックの二人を見比べる。
「……多分あの時、ジョウイ君を探すって言い出したセツナは、崩れ始めた城の何処かにはいるだろう親友の身を案じて、そう叫んだのだと、あそこにいた皆、思ったんだろうけど。恐らくは、そうじゃないよ。あの時、セツナはかなり、怒ってるみたいだったから」
「怒る? 盟主殿が?」
「……そう。怒る……と言うよりは、激高、と言った方が相応しいかな。あの場所に、ジョウイ君がいなかったという事実。それは、『あの』セツナの逆鱗に触れたんだよ。少なくとも、僕にはそう見えた。だから僕は、命を粗末にしちゃいけないって、あの子の手を強引に引っ張って、連れ出したけど。……まあ、セツナの本質は『何処までも優しい』、それに尽きるからねえ……。その怒りも、一時の物だったみたい」
セツナが怒りを見せた、それを聞かされて、シュウが目を丸くしたが。
それも所詮は一時のこと、とカナタはひらひら、手を振り。
「唯。それが、あの子を天山の峠に向かわせた最大の切っ掛けだった、それは確かなんだろう。事実、ルルノイエからここに帰る途中で、既に僕はセツナに、付き合って欲しい所があるんですけど、って言われたから。その場所が何処だ、とあの子は言わなかったけれど、始まりの話──天山の峠の話は、以前にセツナから直接聞いていたからね。多分、そこなんだろうと当たりを付けていたら、どうやら正解だったようで。………………でも」
ああ、そろそろ語り続けるのにも疲れた、と彼は立ち上がり、大きく伸びをしてみせた。
「でも? 何だよ、カナタ」
「僕が付き合ったのは、二人が再会した天山峠の、滝壷を見下ろせる道の行き止まり、その寸前まで、なんだよ。ここから先には来ないで、待ってて欲しいって、そう言われてしまって。だから僕は、あの子が戻って来るのを馬鹿みたいに待ち侘びて、どうやら決着が付いたらしい気配を察して向かってみたら、既にジョウイ君は事切れていてね。始まりの紋章は、『始まりの紋章』になっていたから……ナナミが亡くなった時のように、一晩中泣き濡れる彼を、その場でずっと慰めて、朝が来るのを待ち、キャロの街へと下りて、ゲンカク老師とナナミの墓の隣に、ジョウイ君を葬って来た。で、今日の午後、ここへ。そういう訳だから。僕には、あの二人が二人だけで過ごした『僅かな』時間に関することは、知り得ない」
これで、長い語りはもうお終い、と。
そう宣言をするような態度をカナタは取る。
「………………カナタ。二つだけ、な。訊きたいことがある」
が、あー、山程喋っちゃった、とおどけてみせたカナタを、予想外に厳しい声音で、ビクトールが呼び止めた。
訊きたいことが、二つある、と。
「……何?」
「セツナが寝たからって、ここに顔出した最初。お前、ジョウイがあの世に逝って、再会の約束を果たしたセツナが生き残って、始まりの紋章を宿した、って言ったな。天山の峠で起こったことは、『それだけだ』、と」
「…………ああ、言ったね」
「なら、どうして。どうしてお前、こんなに長い時間、延々、『お前にとって大切なセツナのこと』を──俺達に聞かせなくてもいいことを、わざわざ喋り続けた?」
「────その答えなら、知ってるだろう? ビクトール。『どうでもいいこと』だからだよ」
まるで、機嫌でも損ねた風な調子のトーンを放つビクトールの、一つ目の問いに。
ケロッとした顔をして、カナタはそう言った。
「『どうでもいいこと』…………か。成程、な……。じゃあ、カナタ? もう一つ。天山の峠でお前、セツナに何をした?」
数時間の時を掛けて振り返ってみた話──それが例え、セツナのことであろうとも、『どうでもいいこと』だから『お喋り』に付き合った、と何時もの顔をして告白するカナタに、益々ビクトールは機嫌を損ねた風になる。
「何、って……。天山の峠を登るのに付き合って、待ってて欲しいって言われた場所で、言われた通り待って、『結果』だけを見届けて、泣くセツナ宥めて、ジョウイ君を埋葬して来ただけだけど。たった今、そう言ったじゃないか。………ああ、そうそう。たった一つだけ。これまで、僕のことマクドールさんって呼んでたからね、彼は。もう、その呼び方は止めて、カナタって呼んで欲しい、それだけは望んだけど? あそこで」
「……どうして」
「さーて、どうしてだろうね。──────……あ」
何時の間にか、唯の訊きたいことを訊いている様子ではなくて、問い詰めるように身を乗り出して来た傭兵に、チロッと一瞥をくれ、直後カナタは、微かに表情を変えた。
「どうしたんだ?」
「もう直ぐセツナが目を覚ますって始まりの紋章が『騒いでる』と、魂喰らいが訴えてる。──起きるというなら、傍にいてあげないと……」
マズい、そんな顔になったカナタをフリックが仰ぎ見れば、セツナが起きる、それだけを言い残し、もう誰の相手もせずに彼は、シュウの部屋を出て行った。