「……そうだな。カナタの言う通りかも知れねえ。セツナの奴が、お前さんを生き延びさせたいって言い出した時は、おいおいマジか? って……心底焦ったもんだが。こうして振り返ってみれば、何も彼もが『歴史』って奴で、誰の所為でもねえんだろう。お前さんが、償うことを始めてみようと思うってんなら、俺はそれでいいし。そうすれば、セツナの奴が望んだように、シュウが嘆くこともねえ」
遠い目をしたカナタに、ちらりとだけ一瞥をくれ。
ビクトールはルカに向かって、グラスを掲げた。
「それにな、ルカ。今だから言えることって奴だが。俺は、一人の戦士として、『楽しかった』よ。化け物みてえに強いお前さんと戦えたことがな。…………質の悪い性分だとは思うが。『楽しかった』、確かに。厄介な生き物だと、自分で自分のことを思わざるを得ない話でしかないんだが」
「おい、ビクトール……」
『楽しかった』。
そう言って酒を煽ったビクトールに、フリックが顔を顰めてみせたけれど。
「……気持ちは、判らんでもない…………」
ぼそり、ルカは言い。
「じゃ、お前、『楽しく』なかった、って言えるか?」
ビクトールはフリックを向き直って、ジトっと睨め付ける視線を送った。
「それは、その…………」
「腕に覚えがあり過ぎるのも、厄介な話だ」
相棒に、冷たい眼差しで睨まれ、フリックは言い淀み。
やれやれ、とシュウは呆れる。
「嫌だねえ、腕っ節が強いって」
「…………お前が言うか? それ」
「……何のことやら。──そう言えば、ルカ」
そんな風に、勝手なことを言い出した大人達を見比べて、カナタは自分を棚に上げ、当然のように、ビクトールの突っ込みを受け。
渋い顔をした傭兵を置き去りに、酒を舐めながら彼は、ふとルカを呼んだ。
「何だ?」
「もう、この話は時効かなって、そう思うからね。敢えて口にするんだけど。──他意はないんだ。唯、参考までに一度、訊いてみたかったんだよ。僕がセツナとバナーの村で出会うまでの間に起こった今回の戦争の経緯を、セツナ自身の口から聞いているから、知っていることなんだけど……『あの時』、本当に貴方、えーと、ジェスだったっけ? に頼まれて、野営地に忍び込んだ所を捕らえたジョウイ君が、ハイランド側に寝返るって……本気で思ってた?」
ん? と顔を巡らせて寄越したルカへ、にこっと頬笑みを送り。
本当にそんな計算が出来ていたのか知りたかった、と言いつつカナタはルカに、そんなことを尋ねた。
「……あの時? ……ああ、『あの時』、か。──答えだけを言うならば、それは『否』だ。十六、七の少年を、子供だ、と俺は言わんが、あいつに俺が『命じてみた』ことが、本当に出来るなどとは考えていなかった。……万に一つでも上手く行けば。その程度だ。上手くやっているように見えてその実、仲間割ればかりを繰り返し、戦への足並みも揃えられぬ都市同盟の連中に、駐屯地の食料備蓄の情報が幾ら漏れようとも、ハイランドに不利になるなどとは思えなかったしな、俺には。だから、まあ……不和の種の一つでも起これば儲け物だと……そう考えて」
すればルカは。
と或る意味を含んだ眼差しを、気付かれぬようにビクトールへと送って、『あの時』のことならば……と、低い声で答えた。
「……成程」
「だが……蓋を開けてみれば、あいつは。俺ですら、無理だろうと考えていた『命令』を、言葉にするならば完遂してみせて、姿消すこともなく、戻って来た。俺の前に。──万に一つでも、可能性があるなら。……そう思って、あいつに『あの命令』を下してみたのは事実だ。だから心の何処かで、もしかしたらと、俺はそう思っていたのかも知れない。捕らえられ、俺の前に引き立てられて来たあいつの目には、他の連中とは少々違う色があったのは認めるし、何を思ったのか知らんが、成功したら、その時はハイランドの軍門に、と言い出したあいつの台詞を、面白いと思ったのも事実だし、あいつが宿していた黒き刃の紋章に、興味があったのも本当のことだが……。戻って来たあいつを見て初めてそこで、ああ、こいつは……と思った覚えがあるな……」
「ああ、こいつは? ……何て思ったのさ」
「…………俺の同類だ、そう思った」
己自身が命じたことを、ジョウイに成せるとは思っていなかったけれど。
そう言った後、ルカは、付け足すように語って。
ミューズから戻って来たジョウイと対面した時初めて、自分の同類がここにいる、そう思った、と静かに言った。